Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「マダガスカルの自然環境と植物」

吉田彰 (進化生物学研究所)

 私が初めてマダガスカルを訪れたのは、1973年の東京農業大学第4次マダガスカル動植物学術調査隊の一員としてであった。当時、私はマダガスカルのランの染色体を研究していたので、ランの自生状態の調査と研究材料の採集に専念する意気込みでいた。実際に現地を歩いてみると、湿潤な環境を好む陰地生植物という日本で培われたランのイメージが、まず、みごとに覆された。マダガスカルでは、乾季には過酷な乾燥に見舞われる乾季落葉樹林帯や、直射日光の照りつける岩山にも、多肉植物などに混じってランが自生していたのである。そこで、自然のなりゆきとして、周囲の植生や自然環境に目が向くようになった。さらに困ったことに、マダガスカルには見てくれからして風変わりな、興味深い植物があまりにも多く、それらを無視することを自分の好奇心に命ずることは、所詮、不可能であった。かくして私には、植物とそれを取り巻く自然環境を総括的にとらえようとする、妙な癖がついてしまった。

1)マダガスカルの地史、気候と植生

 マダガスカルは古生代後期から中生代前期にかけて、現在のアフリカ、南米、オーストラリア、南極の各大陸やインド亜大陸などとともに南半球にゴンドワナ超大陸を形作っていたことは、いまさら詳しく述べるまでもない。また、日本の1.6倍もの面積をもつマダガスカル島は“島大陸”と呼ばれることもあり、中央のやや東寄りを南北に走る山地をはさんで、東は急峻な、西は緩やかな傾斜となっている。この地形を反映して、多雨の東部、冷涼な中央高地、雨季乾季の明瞭な西部、そして雨量の極端に少ない南部の4つの気候区に比較的はっきりと大別されることも、よく紹介されてきた。さらに、島の西部には、モザンビーク海峡が開き始めるのに伴って形成された堆積層が、南北方向に列をなして行儀よくならんでいる。

 マダガスカルの地形図と、気候区分図と、地質図とを植生区分図に重ね合わせてみると、いずれもよく似た南北方向のパラレルなラインで構成されていることがわかる。このことは、地形や気候や地質が、少なからず植生と関わりをもっていることを示している。したがって、旅行者は自分の興味に沿ったいずれかの図を参考に、異なった色、またはパターンで区分された地域を訪れれば、それぞれ異なった自然景観を楽しめるという寸法である。そして、植生区分や地質区分の境界付近では、時として劇的な変化を目のあたりにすることさえある。

 マダガスカルの植生は大まかに言って、東部は常緑性高木の密生する降雨林が発達し、植物の種数は多く、ヤシ科、ラン科、タコノキ科やシダ類などの種分化が著しい。中央高地は草原に硬葉樹林やヒース状植生がパッチ状に点在し、基盤岩の露頭の多肉植物を主とする植生も特徴的である。西部は高地から連なる斜面と沿岸部に大別され、前者には草原やヤシの点在するサヴァンナがみられる。後者には乾季落葉性樹林が発達し、バオバブが多くみられるのがこの地域である。南部・南西部は、刺のある植物が多い乾生有刺林によって特徴付けられ、植物種の固有率は最も高い。

2)植物の固有性と他地域との関連

 さて、分類学的な見解によっても異なるが、マダガスカルにはおよそ180科1600属12000種の顕花植物があるといわれ、属の20%以上、種の 80%以上が固有と言われている。さらに、これも分類学的見解によるが、少なくとも3、最大で7の固有科がある(表)。しかも、ディディエレア科には4属 11種、サルコレナ科には9属51種もあり、日本の2つの固有植物科がそれぞれ1属1種の単型科なのにくらべると、特筆に価する。

 一方、マダガスカルの植物と他地域の植物との関連を属、又はその下位の節のレベルで見てみると、汎熱帯的な分布を示す分類群に属する種が42%で最も多い。次いで西方、すなわちアフリカ大陸との関連を示す種が27%あり、東方(アジア地域)との関連を示す種が7%、南半球要素の種が3%である。また、他地域の植物群とは類縁性の遠い純固有要素の種は6%にもなる。意外に多いのが、マンゴーやタマリンドをはじめとする人類によって他地域からもたらされたと考えられる外来要素の種で、15%にのぼる。(J. Koechlin et al., 1974による)

マダガスカル産固有植物科

科名 属・種数 最近の分類学的見解による扱い
ディディエレア科 Didiereaceae 4属11種  
サルコレナ科 Sarcolaenaceae 9属51種  
ディディメレス科 Didymelaceae 1属2種  
ディエゴデンドロン科 Diegodendraceae 1属1種 オクナ科(非固有)に統合
ロパロカルプス科 Rhopalocarpaceae 2属14種 ディエゴデンドロン科(固有)に統合
フンベルティア科 Humbertiaceae 1属1種 ヒルガオ科(非固有)に統合
ゲオシリス科 Geosiridaceae 1属1種 アヤメ科(非固有)に統合

3)植生に対する人為的影響

 ところで、マダガスカルにおける自然林の崩壊はよく問題にされることがらである。一説によると、人類の渡来以後、森林面積の80%が失われたと言う。事実、現在もなお、森林が切り拓かれてゆく様子をしばしば目のあたりにする。西部にみられるサヴァンナにバオバブが林立する見事な光景が、こうした開拓によりもたらされたことはほぼ間違いがない。人々はバオバブなどの大木を残して森を伐採し、乾いたところで火をかける。強靭な樹皮をまとい、内部の組織に水を貯めこんだバオバブは、よく熱に耐える。近年森が切り拓かれた場所では、幹の下半部が焼けて灰色になったバオバブが生き残って林立し、そのことを如実に物語っている。

 幹の中に維管束が分散して配列する単子葉植物のヤシ類も、同様に火に強い。サヴァンナでは、毎年のように野焼きが行われるが、ヤシや火に強い数種の潅木が生き残り、単調な植生となっている。また、草地にヤシの実生が広範囲に芽生え、分布を広げつつある様子も見ることができる。こうした場所は、植生に対する人為的影響を強く示している。

 外来植物による植生の遷移も見られる。乾燥地においては、繊維作物として導入されたサイザルなどのリュウゼツラン類や、ウチワサボテンが野生化し、自然植生を侵食しつつある。中央高地では、造林樹種のユーカリや松などの自然増殖が著しい。自然林内にタマリンドなど起源の古い導入植物の大木が点在することがあるが、それはかつて人の生活圏だったことを示している。

 一方、樹木が1本もない真っ平らな草原が見渡す限り続き、車で1時間半も景色の変わらないフルンベ高原のようなところはどうであろう。そこがかつて森林だったとは、にわかに信じることはできない。

 いずれにせよ、マダガスカルの自然景観は刻々と変貌を遂げていることは事実である。それを食い止めたいと思うのは、一面ではヴィジターとしての目で見たエゴイズムかも知れない。しかし、自然との共存を念頭に置いた開発が、今のマダガスカルにはもっと求められるべきであろう。

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