Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「ワオキツネザルの生活と社会」

小山直樹 (京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科)

 マダガスカルに生息する33種のキツネザル類の中で、ワオキツネザルは最も詳しく研究されてきた種である。この種の分布域は、西海岸のモロンダバ(ムルンダヴァ)付近を北限とし、東部の降雨林地域を除く南部一帯の乾燥した地域である。この地域の年降雨量は500-600ミリメートルしかなく、川沿いの森を除けばカナボウノキ科やトウダイグサ科など棘の多い樹木が生育している。

 私たちが調査をおこなっているベレンティ私設保護区は、マンドラーレ川沿いに残された川辺林で、約250ヘクタールの広さがある。この川沿いの地域に約 14.2ヘクタールの主調査地を設定し、この中にいる6群(CX、C1、C2B、C2A、T1、T2)96頭(1999年11月30日現在)の個体を対象に、生態学的・集団遺伝学的研究をおこなっている。ベレンティではプリンストン大学のA.ジョリー博士をはじめ、多くの研究者が調査をおこなっている。また、マダガスカル南西部のベザ・マハファーリ特別保護区では、ワシントン大学のR.W.サスマン博士や彼の弟子たちが調査をおこなっている。分布調査を除けば、ワオキツネザルの調査はこの2カ所でおこなわれてきた。私たちの研究も含めて、これら2地域でどんな研究がおこなわれてきたかを紹介してみる。

 緯度でみると南緯24度50分のベレンティ(亜熱帯)に対してベザ・マハファーリは23度30分(熱帯)と1度20分赤道よりに位置している。ベザ・マハファーリ特別保護区を訪れた日本人研究者は数少ないが、私は1989年と1990年にここを訪れる機会があった。ベザ・マハファーリは教育・研究用の保護区で、研究者の都合で個体群を操作できるという点に特徴がある。例えば、個体の識別を容易にするために、捕獲した個体の首に首輪やペンダントを取り付けるといったことをおこなっている。ベザ・マハファーリのパーセル1と呼ばれる区画は80ヘクタールの広さがあり、オニラーヒ川(ウニラーヒ川)の支流のサカメーナ川と家畜の侵入を防ぐために作られた鉄線で区切られていて、ワオキツネザルの研究はここでおこなわれている。この調査地に隣接する所にWWFによって研究者用の宿泊施設が作られている。

 ベレンティの年降雨量は1981年から記録がとられているが、月別の降雨量は1987年からしか記録がない。私たちがワオキツネザルを継続して調査をおこない始めたのは1989年で、この年から1998年までの10年間の年平均降雨量は580ミリである。月別の平均降雨量をみると、約69%が11月から2月の4カ月間に降り、7月−9月は雨量が少ない。ソウサー博士によれば、ベザ・マハファーリ特別保護区の1987年3月−1988年2月までの一年間の降雨量は522ミリメートルである。この同じ期間のベレンティ保護区の降雨量は515.3ミリメートルであったから、これら二つの地域の降雨量はほとんど同じとみてよい。

 また、これら二つの地域の植生もよく似ていて、どちらもタマリンドを優先種とする川辺林である。しかし、ベレンティのそばを流れるマンドラーレ川が一年中干上がることがないのに対して、ベザ・マハファーリのそばを流れるサカメーナ川は乾期には干上がってしまい、植生はベレンティよりやや貧弱である。ベザ・マハファーリで植物季節学的調査をおこなったソウサー博士は、相対的に雨量が多い期間に果実と若葉が得易くなるという。しかし、花は果実や若葉とちがっていて、雨期の始まる直前(10月初め)に得易さのピ−クがくるという。若葉の芽生えは出産期及び授乳の初期と一致し、果実の得易さのピークの一つは出産期及び授乳初期(10−11月)であり、もう一つのピークは授乳後期/離乳期(3−4月)だという。さらに花の得易さのピークは妊娠後期から出産期にかけてだという。 このような植物季節学的研究はベレンティではあまりおこなわれていない。

 ベザ・マハファーリでは交尾のピ−クは5月で、出産のピークは10月である。これに対してベレンティでは交尾のピークは4月中・下旬で出産のピークは9月初旬である。このように交尾期も出産期もベザ・マハファーリはベレンティより約一カ月遅い。交尾期や出産期の違いが何によるのかはまだよくわかっていないが、日照時間の長さ、食べ物となる植物の季節性などについて、両地域の比較をおこなう必要があるだろう。

 ベレンティの主調査地では、1989年から1998年までの10年間に204頭のアカンボウが生まれている。メス対オスの出生時の性比は1:1.19 で、有意差はないもののオスがやや多く生まれている。出産の時期は8月下旬から12月下旬までであるが、9月の1ヶ月間で82%が生まれている。ベザ・マハファーリではこれだけ多くの出産の記録はとられていない。

 1999年11月にはベレンティの主調査地内にいたワオキツネザル96頭のうちの93頭を捕獲した。捕獲の目的は血液採取であったが、この時に体重測定もおこなった。生まれた年がわかっている個体について年齢別平均体重をだすと、3才以上の大人でも約2.3キログラムしかなく、体重で表したオス・メスの差(性差)はほとんどなかった。

 ワオキツネザルの社会の特徴の一つは、哺乳類としてはめずらしいメスがオスより優位な点にあり、このメス優位の社会において性、年齢、血縁が社会構造にどのように関わっているのか、またワオキツネザルの寿命がどれくらいで、メスは一生の間に何頭のアカンボウを産むのかといった点に私の関心がある。生年月日がわかっているメスの最年長個体は1989年生まれのME-89♀という名前の個体で、1999年9月の時点で10才であった。また、調査を開始した 1989年9月にすでに大人になっていたメス(3才以上と推定)で、1999年9月の時点でも健在であった個体は、C2A群で2頭(OD、SI)、T1群で1頭(HIT)、T2群で2頭(SAK、YAK)の計5頭である。これら5頭は少なくとも13才にはなっている。つまり、少なくとも13才までは生き延びる個体がいるということであり、ワオキツネザルの寿命は予想していた以上に長いようだ。

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