Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「マダガスカル語系統研究その後」

崎山 理(滋賀県立大学)

ヨーロッパ人によるマダガスカル語の最初の記述は17世紀にさかのぼり、またマレー語との類似に気づかれたのは18世紀初頭である。やがてW. von Humboldtによって1836-39年、系統的にマレー・ポリネシア語族のなかに位置づけられ、そして百年後の1934-38年、O. Dempwolffによってマダガスカル語は、オーストロネシア語族のなかのインドネシア語派(現在、西部マライ・ポリネシア語派と呼ばれる)の構成員であることが比較言語学的に明らかにされる。このようなオーストロネシア比較言語学の研究は、古典語を中心に進められてきたインド・ヨーロッパ語族と比肩しうる研究史をもつのみならず、現代語だけに基づきながら比較言語学的な大きな成果が得られたという点でも画期的であった。

Dempwolffの約2,300語を含むオーストロネシア語再構成語彙リストでは、マダガスカル語(以下メリナ語の意味)がマレー語、ジャワ語、トババタック語、ンガジュダヤク語、タガログ語のすべてと対応する語例が129項目ある一方、マダガスカル語とンガジュダヤク語のみで共有される語彙が20項目あることに注目したい。しかし、ジャワ語のみとの対応例は9項目しかない(崎山 1991)。

西部マライ・ポリネシア語派内でのマダガスカル語のルーツ問題で画期的研究となったのは、O. Ch. Dahlのカリマンタン東南部マアニャン語との網羅的な比較である(1951、改訂版1991)。またインドネシアからの移動の時期について彼が注目したのは、マダガスカル語のサンスクリット借用語は、すべてインドネシアの諸言語に見出されるが、その数は現在のインドネシア語におけるほど多くないということで、インド文化の影響がまださほど浸透していなかった西暦5世紀(ヒンドゥー・クタイ王国の頃)以降と推定された。この説は、現在、大方の言語学者によって認められているといってよい。たとえば、インターネット上でも公開されているSILの系統分類に従えば、ボルネオ東部バリト諸語のなかで、中南部語群のドゥスン語、マアニャン語、北部のラワンガン語と対等にマダガスカル語が置かれ、西部バリト諸語の南部に置かれたンガジュダヤク語とも近い関係にあることが分かる。

ただし、言語学以外ではこの説にまだ猜疑的で、歴史学者W. Marschall(1995)は、マダガスカルとインドネシア間の単に似ている現象を指摘するだけでなんら体系的研究がなされていないとして、冶金を伴うマレー式ふいご、織り、大陸海洋性原理、水牛による蹄耕などを列挙している。この点についてわが国で行われた、東南アジア・オセアニアの文化クラスターの共同研究(大林太良ほか編『国立民族学博物館研究報告別冊11』1990)ではマダガスカルも比較対象地域に含め、マダガスカルは、東南アジア初期鉄器文化にイスラム教要素が加わった文化複合を示すことで共通性があることが示された(この文化複合項目のなかでマダガスカルに見出せないのはロングハウス、こう打法、内臓占いのみである)。遺憾ながら、この研究成果が無視されたのはlanguage barrier(ことばの壁)というべきか。

カリマンタン起源説に修正をとなえたのは、K.A. Adelaarである(1989)。彼はDempwolffが比較したマダガスカル語と対応するマレー語、ジャワ語の多くは借用語であるとみなし、またそのような借用語はタガログ語、台湾諸語(死語のシラヤ語)にまで及んでいるとみる(1994)。そしてヒンドゥー化したマレー人がスマトラからマダガスカルに渡航したのは8世紀から13世紀までと主張する。7世紀、南スマトラのスリヴィジャヤ王国の古マレー碑文群もその言語的証拠とする(1989)。この見解に対し、Dahlは、スリヴィジャヤからカリマンタンに来たバンジャル・マレー人に追われたマアニャン人が、南スマトラのバンカ島に着いたのち、マダガスカルへ出立したと反論する。現在、バンカ島のロム語(スマトラ諸語のなかで孤立的言語、話者は50人で消滅の危機に瀕する)はその後裔であり、さらにセカック人(バジャウ人の子孫)がマダガスカルへの航海を助け、マアニャン語がコモロ語(バンツー語)を基層言語としてマダガスカル語が8世紀に生まれ、現在のヴェズ人はこのバジャウ人の子孫であるという(1991)。しかし、これらスマトラの諸言語がマアニャン語(マダガスカル語)と系統的構造的にとくに近縁であるということは証明されておらず、Dahl説が単なる仮説であることは、Adelaarも指摘しているとおりである(1995)。

Adelaarの根拠は、原オーストロネシア語の音韻がマダガスカル語で多層的に対応する(multiples r&eacuteflexes)という点にある。言語系統一元論に執着する比較言語学の発想からは予想されることとはいえ、このような借用語説を固執することはいまや現実的ではない。オーストロネシア語ではこのような多層的音韻対応は珍しいことではなく、ミクロネシアのチャモロ語、ヤップ語などにも同じ現象が認められる。私は、安易に借用語論に組することは言語史を誤らせることになると考える。借用語論では、言語は変化しても文法部分の核心は変わらないと主張せざるを得ないことになるが、マダガスカル語の形成が果たしてそのように一元的であっただろうか。遺憾な点は、Adelaarの問題提起は音韻・語彙面についてのみであって文法の比較がまったく行われていないことである。

私は、Dahlの紀元5世紀カリマンタン起源説に無視できない言語的根拠があるとみる。(同じ頃に日本列島に移動したと推定されるダヤク人と隼人の楯との類似も偶然であろうか。)しかしなぜ、クタイ王国が民族移動への大きなインパクトを与えたのかは謎である。結論的にいえば、マダガスカルへのインドネシアからの移民は、紀元5世紀にカリマンタン東南部から開始され、14世紀以前にジャワからの移民で終了した。この終了の時期は、14世紀中旬以降ジャワで発生し島嶼部各地に広まった宝剣(クリス)文化のマダガスカルにおける欠如、マジャパヒット王国史『ナガラクルタガマ』(1365)にマダガスカルへの言及がないことなどによっても証明されよう。10世紀にわたるマダガスカルの言語形成が単一の言語系統だけで推移してきたと考えることは論理的ではない。多層的音韻対応を柔軟に解釈するためには、言語混合というプロセスを考慮せざるを得ない。メリナ語には音韻的語彙的に基層となった東南カリマンタンや南スラウェシの言語が卓越し、接辞法を含む文法や語構成にはジャワ語法の一部が見出される。例えば、マダガスカル語の能動命令法の接尾辞-aはジャワ語の能動非現実(arealis)の-aと対応するものであり、fi-(行為名詞化)、mi-(中動態動詞・自動詞化)のような接頭辞もジャワ語のpi-(使役動詞化)、mi-(自動詞化)によってのみ説明が可能である。今後、このような文法比較による研究がさらに行われなければならない。

マダガスカル語の形成は、現在、世界各地で見出されるピジン化のパターンとも合致する。例えば、オセアニアで話されるトクピシンは、語彙は英語が圧倒的に多いが、文法はむしろオセアニア諸語から多くを負う。17世紀以降、メリナ王国の支配と拡大に伴うなか、インドネシア、アフリカ、アラブ系の多言語多民族状態のなかでジャワ語が共通語(lingua franca)として優勢になり、その後、ピジン化しクレオールとなったのが現在のメリナ語の母体となったと考えられる。マダガスカルの諸方言間の言語的差異が小さいことも、このような比較的新しい時代に行われた言語的統一と無関係ではない。

[参考文献]
Adelaar, K.A. 1989. Malay influence on Malagasy: Linguistic and culture-historical implications. Oceanic Linguistics 28(1): 1-46.
Adelaar, K.A. 1994. Malay and Javanese loanwords in Malagasy, Tagalog and Siraya (Formosa). BKI 150: 50-65.
Adelaar, K.A. 1995. Une perspective linguistique sur les origines asiatiques des malgaches. In S. Evers and M. Spindler (eds.) Cultures of Madagascar : Ebb and flow of Influences, 47-55. Liden: International Institute of Asian Studies.
Dahl. O. Ch. 1951. Malgache et Maanjan. Oslo: Egede Instituttet.
Dahl. O. Ch. 1991. Migration from Kalimantan to Madagascar. Oslo: Norwegian U.P.
Dahl. O. Ch. 1995. L'importance de la langue malgache dans la linguistique austronesienne et dans la linguistique generale. In S.Evers and M.Spindler (eds.) op.cit., 39-45.
Dempwolff, O. 1934-38. Vergleichende Lautlehre des austronesischen Wortschatzes I-III. Berlin: Verlag von Dietrich Reimer.
Marschall, W. 1995. A survey of theories on the early settlement of Madagascar. In S.Evers and M.Spindler (eds.) op.cit., 29-34.
崎山 理 1991.「マダガスカルの民族移動と言語形成?民俗語彙・植物名称の意味的変遷から」『国立民族学博物館研究報告』16(4): 715-762.

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