Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「マダガスカルのバオバブの現状」

湯浅浩史 (財団法人進化生物学研究所・東京農業大学)

マダガスカルを代表する植物の一つは、バオバブです。バオバブはアフリカ大陸に1種、オーストラリア大陸にも1種か2種分布しています。それがマダガスカルには少なくとも7種が知られているのです。加えて、私は北西部のブジィという種をザーバオバブAdansonia zaの変種から種A. bozyに昇格させた方がよいのではないかと考えています。さらに、もう1種未確認ですが、A. albaという種も記載されています。種の多様性、形態や生態などの多様性から見て、マダガスカルはバオバブの中心地、バオバブの王国と言ってもいいでしょう。

マダガスカルのバオバブのうち、ディギタータA. digitataは北端のディエゴ・スアレス(アンチラナナ)とマジュンガ(マハジャンガ)の人里にしか分布していません。そしてディギタータはアフリカと共通するのです。分布状況からして人為的な導入種とみられますが、マジュンガから内陸に50数km入ったバオバブを、祖先がコモロから移住してきた時に記念に播いたという直接的な証言も得られました。かつては内陸深く、河口から大きな船も川をさかのぼれたのだそうです。

バオバブのすみわけ

マダガスカルは南北に1600km、東西に500kmの大きな島ですが、バオバブはそのどこにでも見られるわけではありません。主に島の西側に、南北にかけて分布しています。したがって中央高地や東部には自然分布はしていません。ただ、中央高地にある首都アンタナナリブでも植えれば育ち、直径1mもの大木になります。中央高地に分布していないのは、過去にバオバブが生育できない寒い気候の時代があったのでしょう。

東部に欠くのは気候は十分でも、バオバブは高さ25m以上は育たず、熱帯雨林での競争に勝てなかったからでしょう。

バオバブの分布地域でも一様に生えているわけではありません。地質や植生の影響を受けています。例えば北部のスワレゼンシスA. suarezensisは、石灰岩上や石灰土壌テロロッサにしか生育していない好石灰植物です。ペリエリーA. perrieri、マダガスカリエンシスA. madagascariensis、フニィA. fony、それにグランディディエリーA. grandidieriは石灰岩の上でも生育できますが、それ以外の地質でも平気な耐石灰植物です。これに対してザーA. zaは、私の知る限り石灰岩地には分布していません。A. bosyはその地域に石灰岩地がないので、耐石灰植物かどうか判定できていません。

大概マダガスカルのバオバブは地理的、あるいは地質など生態的にすみわけていて、同所性は余りありません。例外的には北部のディエゴ・スワレス湾近くで、マダガスカリエンシスとスワレゼンシスが混生、中西部のムルンダヴァ郊外でグランディディエリー、フニィ、ザーが一部で混生します。しかし、それも基本的にはフニィが森林に、グランディディエリーが草原に、そしてザーはさらに内陸と、すみわけています。

次世代を欠く

バオバブは乾燥地帯に多く生育していますが、それは乾燥に耐えるしくみが発達しているからで、最初から育てば水辺でも、多雨地帯でもよく育ちます。むしろ水分条件に恵まれている方がより速く、高く育つくらいです。ただし、乾燥地で大きくなってから水環境が良くなると、根腐れを起こしやすく、枯死につながってしまいます。

乾燥に耐える仕組みは、体内に60%の水分を貯えられる材の構造と、それを支える厚い樹皮です。このため、一度大木になると長い乾期に耐えられ、時に2年間雨らしい雨が降らなくても乗り切れます。そうはいってもサボテンやディディエレアのように、完全な多肉植物ではないため、苗木の間に強い干ばつに襲われると枯死してしまいます。

近年、地球の温暖化が問題になっていますが、乾燥地では温暖化よりむしろ、雨の降り方の偏りによる影響が大です。マダガスカルでも、近年しばしば干ばつが 2年におよび、多くの地で、バオバブの苗だけでなく、幼木や若木が目につきません。いわば高齢化社会になってしまっているのです。

さらにこの状況を悪化させているのが、人為的な野焼きや焼畑です。マダガスカルの人口は、わたしが最初にマダガスカルを訪れた1973年には600万人といわれていました。それが近年は1500万人とか1600万人と推定されているそうです。30年間のうちに2.5倍もの人口に増えたのです。この影響から、人口の少なかった西部の乾燥林を蚕食しています。

1980年代初めのアフリカ大干ばつ時に、南西部の乾燥地帯に住んでいたアンタンドロイ(Antandroy)族に大きな被害が生じ、生活できなかった人々が、財産のコブウシを連れて北上、無人の国有地などに住み着くとともに、林を拓き、火を放っての開墾が進みました。また、コブウシに新しい草を食べさせるために、マダガスカルでは草原でも毎年広く野焼きが行われます。大木のバオバブは厚い樹皮で守られているので焼け残っても、幼木や十数年以下の若木は火勢に耐え切れずに消失、各地で次世代の欠如を引き起こしているのです。

バオバブが長い乾期を乗り切るしくみの一つに、形成層の外側に葉緑素を持つ点があげられます。葉は半年以上落としていても、この樹皮下光合成のために、呼吸に伴う程度のエネルギーは補えていると見られます。そのため、大木でも樹皮がこげてしまうと、葉緑素は失われ、回復には10年近くかかり、その間の乾期はダメージを受けてしまいます。

サイクロンで倒木する理由

マダガスカルは、日本の台風と同じようなサイクロンに襲われます。多くはインド洋で発生し、モザンビーク海峡に抜けるのですが、しばしば抜け切れず、ムルンダヴァ近くで、数日間も吹き荒れたりします。バオバブは何十トン、何百トンの大木であり、また、枝も太く比較的少ないため、風速30mの強風にも耐えられるはずですが、近年、倒木が少なくありません。それを調べると、多くは根元近くでボッキリと折れてしまっています。人為的な影響によるのです。

バオバブは多目的有用植物で、さまざまな部位が利用されていますが、最も重要なのは樹皮です。厚さ10cmもある樹皮をはがすと、10枚近くの薄い丈夫な皮が得られ、それで屋根をふき、壁材にするのですが、さらに重要なのはロープです。バオバブの樹皮を細かく裂き、編んだロープは強くて丈夫なため、西部ではコブウシの手綱に欠かせません。このため、人里近くのすべてのバオバブは、樹皮がはがされているといっても過言ではないくらい。そのはぎ方は、長年そこに住んでいる人は無理をしないで、一遍に周囲をはがさず、再生ができるように一部分ずつ期間をずらしてはいでいきます。ところが、新しくバオバブ地域ではないところから移住してきた住民は、一度にはぐ部分が多いため、サイクロンの暴風にあうと、軟らかい内部の材だけではねじ切られてしまうのです。

大規模開発

資本を導入したプランテーションによるバオバブの伐採、近年ではブルドーザの押し倒しは、南部のサイザル畑と中西部ムルンダヴァ郊外のサトウキビ畑が特に目立ちます。観光地で有名なムルンダヴァのいわゆるバオバブ街道では、すぐ側までサトウキビ畑が迫り、直径が300mほどのかんがいできる円形の畑が36 も数えられるのです。

さらにその近くで用水路から水を引いてきた水田作りも広がり、年々、根腐れを起こして大木が枯死しています。樹皮はがしによるサイクロン倒木と合わせると、観光地の目玉となっている地域で、ここ10年の間にも20本ほどのバオバブの巨木が消失してしまいました。すでに指摘したように、そこでも次世代は育っていないのです。このまま放置すれば、あと数十年で、ムルンダヴァのバオバブは見るかげもなくなってしまう危険に直面しているのです。

ムルンダヴァのバオバブ自生地。元は草原。そこが水田化され、手前に2本立っていたバオバブの1本は倒れた。(1997.8) 写真1

聖なるバオバブが倒れた

ムルンダヴァの郊外に、住民からあがめられるグランディディエリーバオバブがありました。過去形で書いたのは2003年に倒れてしまったからです。

人々は願いごとがあると、自称100歳の呪術師とともにその木の下で、祈ってきました。それが風もないある夜、突然に倒れてしまったのです。その知らせを聞いて、すぐに頭に浮かんだのは、倒れる1か月前に目撃した情景でした。毎年のようにムルンダヴァには足を運んでいるのですが、2002年は政変で行くことができませんでした。2年ぶりに見た聖なるバオバブは、何と水田の中に立っていました。そして、道路の側にはハマナツメの刺の枝でバリケードが築かれ、近づけないようになっていました。聞くと、入場料を払えば通れるということでした。

倒れたと聞き、それから原因はすぐ推測できましたが、確かめるために2か月後の11月に調査に出向きました。結果はやはり思っていた通りでした。根腐れを起こしていたのです。

聖なるバオバブは直径4.2m、高さ22m、樹齢は倒れた時点で中心部の材で調べたところ14Cの最も古い値は990±100年でした。この1000年を生きた巨木を腐らせてしまったのは、根本的には畏怖心の消失でしょう。聖なるバオバブを守っていた呪術師が数年前に死去、怖れを無くした一部の住民が、周りを掘り下げて水田を拓き、その掘った土を幅4.5m、長さ40m余り、高さ70cmほどに盛り上げて道路を作り、観光客が舗装道路から歩いて来やすくし、その道の両側にはバナナを植えたのです。お米、バナナ、それに観光客からの5000マダガスカルフランの入場料と、一石三鳥のプランニングだったのでしょう。しかしその結果、地下水位が上がり、根元はドブ水状態になり、バオバブは根腐れから幹の腐敗へと進み、数百トンの自重を支え切れなくなって、崩れ落ち、元も子もなくしたのです。立っていた根元に開いた大穴は、1年以上経てもブクブクとメタン発酵が続いています。

写真2

周りを掘り水田を拓き、掘った土は盛り土をして道路を作り、バナナを植えた。そのため、聖なるバオバブは倒木。バナナ道の奥になぎ倒されて残ったタマリンドウが見える。(2004.8)

バオバブの保全

マダガスカルが観光立国を目指すなら、バオバブは観光資源として重要な役目を果たします。しかしこのままの状況では、バオバブは消失へ拍車がかかります。ぜひ、次世代を育てていく必要があるでしょう。

南部ではボランティア・サザンクロス・ジャパンがザーバオバブの苗木を植える活動をしています。

最もバオバブ観光が盛んなムルンダヴァでも、ぜひ、そのように種子から育てた若木を補植していかなければ、バオバブの未来は明るくありません。

なお、写真を紹介するスペースがないので、バオバブの分布、生態、利用、環境変化などは私の著書『森の母、バオバブの危機』NHK出版(2003年)に目を通していただければと思います。

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