Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「マダガスカルでのREDDプラス(森林炭素保全)の取り組み-コミュニティ参加型森林管理、マキラ・プロジェクトの事例より-」

Ratsimbazafy Lalaina Cynthia (兵庫県立大学)

はじめに

 地球温暖化の原因は石油、石炭などの化石燃料の燃焼から排出される二酸化炭素(温室効果ガス)だけではなく、その約20%は開発途上国の森林減少や森林劣化による二酸化炭素の排出であるといわれている。こうした森林減少・劣化は商業的伐採のみが原因ではなく、換金作物(輸出農作物)の生産拡大、地域人口の増加などの経済的、社会的な要因とも深く結びついている。2005年の気候変動枠組条約締約国会議(COP 11)でREDD(Reducing emissions from deforestation and forest degradation in developing countries;森林保全;以下REDD)が地球温暖化対策の一つとして提案され、それ以降REDDは先進国と途上国の双方で大きな関心を集めている。途上国における大規模な森林減少・劣化はその国や地域の経済・社会に悪影響を及ぼすだけでなく、地球温暖化の原因とされる大気中の二酸化炭素の濃度上昇の一つの要因にもなっている。当初、REDDに関する議論は森林減少・劣化に由来する二酸化炭素の排出削減のみを対象としていたが、その後の議論の中で森林蓄積炭素の保全、持続可能な森林経営、森林炭素蓄積の強化を含むものへと拡大した。これはREDDプラスと呼ばれる。こうした森林保全活動は森林で生活する少数民族の文化や生活の維持、生物多様性の保全など様々な課題と関連し、このため途上国の森林生態系、社会や経済に悪影響を及ばさないようにするセーフガード(安全装置)の観点が重要になっている。


マダガスカルにおけるREDDプラス事業

マダガスカルの森林政策や森林保全制度は、1995年まで中央集権的な管理体制の下で行われ、森林保護区(Aires Protégées; 以下PA)を設定し、その開発を厳しく制限することが行われてきた。しかし、1990年から1995年の間に、毎年100,000haの自然林が失われたことから(MEFT et. al., 2009)、マダガスカル政府は新たな取り組みを始めた。その一つが森林管理の一部を地域コミュニティに移転するもので、このための法律も整備した。加えて、2003年に、マダガスカル政府は、森林伐採の防止と気候変動の緩和のため、6~8年以内にPAを1,700,000万 haから6,000,000 haに増加させることを表明した(Green synergy, 2009)。現時点で、PAの面積は6,300,000万 haを越え、マダガスカルの国土の約11%を占めるに至った(Ferguson, 2009; SAPM, 2010)。これら新たに設定されたPAを管理する資金を捻出するため、森林の炭素蓄積とPES(Payment for Environmental Service)のアイデアが2002年に初めて導入された。

こうした活動により2001年から2005年の間に、年間の森林減少率は0.83%から0.52%に大幅減少した(MEFT, 2009)。さらにPAを増し、その管理のための資金を確保するためにREDDメカニズムが2008年に導入された。

現在、新しいPA の約半分(1,800,000 ha)は、REDDの仕組みの下で管理・運営されている(図-1)。この残りも、REDD またはREDDプラスの下で管理する議論が進行中である(Ferguson, 2009)。REDDプロジェクトはNGOがすべてを管理しており、マダガスカルのPAの大部分をNGOが管理しているともいえる。残りの部分について、国が18%、地域コミュニティが約8%をそれぞれ管理している(Raik, 2008)。


図1:
マダガスカルにおけるNGO等による自然森林保護区の管理運営(Green synergy, 2009)

図1

森林ガバナンス(森林管理方式)

このようにマダガスカルにおける森林ガバナンスは、政府主体の管理体制からNGOや地域社会が主体の管理体制への移行時期を迎えたといえる。しかし、国家が森林全体の98%の所有権者であることに変わりがなく(MEFT, 2009; Ferguson, 2009)、森林に係わる幾多の諸問題の解決策をNGOに託した感もある。NGOはREDDプロジェクトの管理者であり、関係する資金・技術などの諸問題にも対応しなければならない (Ferguson, 2009)。例えば、NGOは森林炭素蓄積量のモニタリング技術の研修、農業生産向上のための研修、さらに森林パトロールなどの森林保全活動に対して資金・技術面で地域住民を支援している。

マダガスカル政府は、国の森林面積と森林減少速度に関するデータに基づいて2013年1月までに炭素含有量の推計を行う予定である(Green synergy, 2009; Rakotoarijaona, 2008)。REDDの枠組みとその運用の実施のために、環境省を中心にいくつかの省庁とNGOと市民社会の代表者からなるREDDタスクフォース(プロジェクトチーム)が構成された。現在、マダガスカルでは5つのREDD試験的プロジェクトが実施されており、その面積はマダガスカルの全森林面積の約19%、1,800,000haに及ぶ。5つの中で、3つは試験的プロジェクトであり、残りの2つは準備段階である 。既に東部・南部・南西部に新たな保護区(PA)が設定されたことにより、全森林面積の約40%(約3,800,000 ha)を占めるに至った(Green synergy, 2009)。特に、マダガスカル島の東北部から南西部の沿岸部にかけてコリドー(グリーン・ベルト) が設けられたことにより、森林保全が強化されると考えられる。こうした地域では、地域住民が、GELOSE[1]の下で地域管理林(GCF; Gestion Contractualisée des Forêt; Contracted Forest Management)契約を結んでおり、その面積も240,000haに及び、様々な奨励活動が実施されている(Ferguson, 2010)。

マダガスカル総人口の75%が農業従事者であるが、その80%が土地の登記を行っていない(MEFT et. al., 2009)。土地の利用権の問題がREDDの大きな障害になると考えられることから、マダガスカル政府はPAにおける土地の利用権を明確にするためのプログラム(GELOSE)を実施している。PAは、①排他的な森林保護地域(70%)、②持続可能な利用のための森林とその保全区、③持続可能な生産林などの3つのカテゴリーに区分される(SAPM, 2006)。REDDに基づく排出削減を達成するための計画は森林のゾーニング(目的別利用区分)、PES、地域開発と関連している。


NGOによるREDDプラスの役割

NGOは森林保護区の運営・管理を担っているだけでなく、衛星画像解析による森林面積の変化の把握も実施している。これは衛星画像解析に基づいて地上植生調査による炭素蓄積量とその変化量を推定している。森林の開発・利用にともなって様々な二次林や植生タイプに遷移する可能性もあり、植生分析も担っている。このためにもリモートセンシング(衛星画像処理)と地上調査の技術を組み合わせることで主要な植生タイプの炭素蓄積量や森林の減少・劣化・再生にともなう炭素蓄積変化量の推定を行っている。REDDプラスの国際的な枠組みの中で、森林変化の要因やセーフガードの視点から社会経済的手法を用いた分析の下で森林減少・劣化の防止に有効な政策や取り組みも行われなければならない。


マキラ(Makira)REDD事業の概要

マキラはマダガスカルの北東部に位置する同国最大の降雨量を誇る熱帯多雨林地域であり、マダガスカルの中で生物多様性の高い地域の一つである。現在、マキラREDD事業はNGOのWorld Conservation Society (WCS)[2] が運営・管理を行っている。その面積は約700,000haを占め、その半分以上の森林面積の374,000haがREDDの下で管理されている(Holmes et. al., 2008)。周辺人口も含めた人口は約30万人であり、23コミューン(commune;市町村などの地方自治体)と125フクタン(fokutany;マダガスカルの最小地方行政単位)が存在する。しかし、66%の世帯が焼き畑農業で生計を立てている。このように地域住民は森林に依存しており、依然焼き畑農業がマキラの森林の主要な脅威となっていることから、地域住民のための農業・生活改善策を図ることで、REDD事業を推進させ森林の保全に結びつけたいと考えている。

マダガスカル政府とWCSはマキラの約50の地域で森林管理契約を交している。森林管理契約は概ね3年間であり、契約期間の最終年を迎えるとモニタリング(監視)が実施される。伐採木本数が森林生態系の炭素蓄積量を上回っていないか、あるいはREDDによる地域開発資金が個人ではなく、地域住民のための農業堰堤建設など農業生産向上のために使われているかなど多岐にわたる。こうしたモニタリング調査はNGOと政府の双方で確認している。これまでのモニタリングの結果、2008年からの30年間にマキラの森林で9.2Mt の炭素クレジット(森林に吸収される炭素量を市場で取引)の蓄積があると期待され (Meyers and O'Berner 2001)、マキラの炭素クレジットの一部は既に企業・民間の取引市場で日本企業の三菱グループやロックグループのDixieなどに販売された。図-2の通り、REDDのPAは3つに細分されている。緑色が排他的に保護されているコアゾーン(中央地区)であり、オレンジ色は地域コミュニティによって管理される持続可能な利用のゾーン、紫色はPAの設定以前からの居住ゾーンから主に構成される。


図2:
マキラ 森林保護区(WCS Maroantsetra 2009)

図2

REDDによる利益分配

マキラ PAは、主に3つの関係者(国の森林行政部局と地方行政府の代表、森林管理者としてのNGO、森林組合または利用者グループとしての地域コミュニティ)により協議・運営されている。WCSの計画では、REDDの収入からの分配は、①50%が森林保全や補償や奨励活動に使用され、②25%は地域の管理のため(①と②はWCSが管理)、③15%はREDDのもとで森林保全の制度及び管理上の問題の解決を図るためにマダガスカル政府の森林行政部局に渡され、④5%は炭素クレジットの販売のために使用(第三者の組織によって管理)、⑤残りの5%は監視のために使用される予定である(他のNGOと企業によって管理)(Holmes et. al., 2008)。

目的
マキラ PAにおけるREDDによる持続可能な森林資源利用を図るために、ジェンダー(社会的・文化的に形成された性別[3])や学校教育経験に基づいてREDD等の理解が異なるのかを調査した。こうした調査結果と考察に基づいて、森林ガバナンスに反映させることを目的とした。

方法
2010年11月から2011年1月までの期間、住民参加型調査(PRA:Participatory Rural Appeal; Chambers, 1992)はマキラの周囲の4コミューンから無作為に88世帯を選出して男女比がほぼ同数になるよう各世帯の代表一名を抽出した。調査項目は森林保全に関する地域住民の認識度及び住民活動参加についての質問を地元コンサルタントの協力を得てインタビュー方式で実施した。

結果と考察
表-1aに示した通り、95%の住民がPAの存在を認識していたが、これはPAの設定時に数度に渡って説明会を開催したことが理由に挙げられる。しかし、このような理解度には男女差がみられ、女性は男性に比べ非常に低い値を示した。これは男性が地元の会合などに参加する機会に恵まれ、得る情報量も多いからと考える。地元住民の50%以上が森林資源の限界と森林保全のルールについてはよく理解していたものの、森林の持つ炭素蓄積機能及びREDDについては8%の世帯のみであった。これらの多くが教育を受けた男性であった。しかし、問題は地元住民の多くは炭素の測定及び森林のモニタリングなどの活動に参加していながら、REDDに関連した森林の持つ炭素蓄積機能、その生態系の循環の意義も理解していないことである(Ratsimbazafy, 2012)。この理由は多くの住民が教育の機会に恵まれていないことに関係している(表-2b)。

表

地域住民の学校教育歴に基づくREDDに係わる住民参加を表-2abに示した。この結果、世帯の50%以上がコミュニティの協議プロセスと意思決定プロセスに参加していた。地域レベルの協議には8.5%の世帯数が、国レベルの協議プロセスには0.1%のみがそれぞれ参加していた。こうした意思決定と協議に地域住民が参加するかどうかは、住民の学歴で大きく異なることがわかった。高い教育を受けた住民ほど、協議と意思決定のプロセスの会合に参加していた。全体の52%の世帯が、森林保全活動、森林のモニタリング、森林パトロール、森林回復の活動、社会開発の活動などのREDDに係わる活動に参加していたが、社会的要因での差はみられなかった。

REDDの利点に関する調査結果では、高い順に①健康の改善が図られたこと(全世帯の85%)、②森林資源の利用についての争いが減ったこと(79%)、③生活向上のための新たな農業システム及び持続可能な森林資源の活用法などの研修が用意されていたこと(58%)、④土地財産権(48%)、⑤キャパシティ・ビルデング(能力強化・向上)(45%)、⑥収益活動(40%)、⑦雇用促進(16%)、を挙げた。プロジェクトの開始時(2005年)と比べ、2008 年には森林減少率が0.29%から0.11%に減少したことから、地域住民が森林保全に努めていることが推測される (Holmes et. al., 2008)。森林の保全を図る上で、住民の生活に密着した事業活動を結びつけることは効果があることもわかった。

しかし、実際に地域住民の参加はまだ十分とはいえず、REDD及び森林に蓄積される炭素の知識も地域住民は理解していない。さらに、REDDより複雑なREDDプラスに移行するには、地域住民の知識レベルが大きな障壁となることも想像できる。つまり、すべてのプロセスで地域住民を参加させることは依然として厳しい状況であるが、この解決策の一としてREDDプラスによる地域社会貢献を図ることで理解を得ることである。このため地域住民が理解しやすいようにREDDプラスに係わる用語の簡素化及びその説明を実施しなければならない。地域社会に情報を発信しているコミューンやフクタンの青年部や婦人会及び農業組織などへの支援体制の充実を長期的に図ることも問題の解決に繋がるのではないかと考える。特に、PAの近くに住む地域住民の80%以上は土地登記を行っていないため、こうした問題を解決することでREDDを成功に導く鍵になるのではないかと考える。

マキラREDD事業はマダガスカルで最も成功したREDD事業の事例と考えるが、それでも土地利用権の明確化は具体的に進んでいない。これは政府の財政・技術的な基盤の弱さが原因であり、その解消策が複雑で容易ではないことはいうまでもない。しかし、この解決策を図らなければ、今後のREDD事業の成否を大きく左右することであることは間違いない。また、女性のREDDに対する認識が低いため、今後の改善策では女性会などを通じて健康・医療分野での貢献を果たしながら、REDDの理解度の向上に繋げることも重要な課題であろう。


この度、私はマダガスカル研究懇談会の総会での発表の機会に恵まれましたこと、大変な名誉であると感じております。多くの皆様がマダガスカルの自然や文化に興味をいだいていることも分かりましたが、是非、マダガスカルの動植物研究者の皆様がREDDを活用してマダガスカルの貴重な自然を保護・保全と結び付けていただきたいと切にお願い申し上げます。それではマダガスカルでお会いすることを楽しみにしております



  • [1]^ Gestion Locale Securiséeの略;マダガスカル政府はDINA(伝統的契約)の各コミュニティレベルで地方の特色を活かした土地の利用権を明確にするためのプログラムであり、マダガスカル政府はDINA(伝統的契約)土地財産権やその利用法などを推奨している。
  • [2]^ WCSは1895年に設立されニューヨークに本部をおくNGOであり、マダガスカル以外のアフリカ地域で12ヶ国(タンザニア、ウガンダ、ケニヤなど)、アジア地域で15ヶ国(インド、カンボジア、パキスタンなど)、中南アメリカ地域で11ヶ国(ペルー、エクアドルなど)、北アメリカ地域で2ヶ国(カナダ、アメリカ)など世界中の40ヶ国以上で活動を行っている。
  • [3]^ ジェンダーの和訳は日本政策研究センターによる。


  • REFERENCES
    Ferguson, B (2010) Madagascar policy context: forest and conservation, REDD, forest governance and rural livelihoods, Springate-Baginski, O. and Wollenberg, E. (eds.) 2010 REDD, forest governance and rural livelihoods:" the emerging agenda. CIFOR, Bogor, Indonesis.

    Chamber, R. (1993) Challenging the professions: Frontiers for rural development. ITDG, London.

    Ferguson, B. (2009) REDD comes into fashion in Madagascar. Madagascar conservation & development. 4: 132-137.

    Green synergy (2009) Réduction des émissions de GES dues au déboisement et a la dégradation des forêts à Madagascar: Etat des lieux et expériences en cours, Unpublished Report to the Madagascar REDD Technical Committee, Analysis by REBIOMA.

    Holmes, C., Ingram, J C., Meyers, D., Crowley, H., Victurine, R. (2008) Forest Carbon Financing for Biodiversity Conservation. Climate Change Mitigation and Improved Livelihoods: the Makira Forest Protected Area, Madagascar. Wildlife Conservation Society Report to USAID, August 2008.

    MEFT(Ministry of Environment, Water, Forest and Tourism), USAID, CI (2009) Evolution de la couverture de forets naturelles a Madagascar, 1990-2000-2005. Report published by Jariala.

    Meyers, D., O'Berner, P. (2001) Carbon Sequestration: The Maroansetra Carbon Project Progress Report. PAGE-IRG Report to USAID Madagascar.

    Raik, D. B. (2008) Governance in Community-Based Forest Management: The Case of Madagascar. Ph. D. Thesis, Cornell University.

    Rakotoarijaona, J. R. (2008) REDD in Madagascar: Integrating project and national approaches to REDD in Madagascar. Presentation to the Organization Meeting of FCPF, Washington DC, USA, October, 2008.

    Ratsimbazafy, L. C. (2012) コミュニティー参加型森林管理におけるガバナンスと利益の共有―マダガスカル・マキラREDDプロジェクトの事例より、博士論文、兵庫県立大学環境人間学研究科.

    SAPM(Système d'Aires Protégées de Madagascar (System of Protected Areas of Madagascar) (2006) Orientations Genéralés sur les Catégories et les Types de Gouvernance des Aires Protégées. Republic of Madagascar Ministry of Environment, Water and Forests, SAPM Commission, November. 2006.

    SAPM (2010) Orientations Generales sur les Categories et les Types de Gouvernance des Aires Protegees. Republic of Madagascar Ministry of Environment, Water and Forests, SAPM Commission, Novembe, 2010.

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