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シンポジウム マダガスカル発祥のSRI農法 SRI農法の普及と展開

横山 繁樹 (国際農林水産業研究センター)


1.SRIの世界的な広がり

通常、途上国で普及が進められている農業技術は、大学や公的な研究機関で開発されたパッケージ技術です。マニュアルに書かれてあることを忠実に実行すれば誰がやっても同じ結果が得られるような技術が、完成された体系技術としてお墨付きを与えられ、政府や国際援助機関が予算をつけて組織的に普及活動を行います。SRI(System of Rice Intensification)農法はそのような公的で明確に定義された技術ではありません。SRIの基本は、若い苗を広い間隔で植え、化学肥料・農薬の投入を減らす一方で堆肥を入れ、灌水と落水を繰り返す水管理をして、稲が健全に育つ土の環境を整えることにあります。それに加えて、除草を丁寧に行うことでコメの収量が向上すると報告されています。このようにSRIは様々な技術を組み合わせたものですが、どの要素が有効に働いているのか、また、どのような技術の組み合わせが最も望ましいのかについては、その全てが研究で明らかにされている訳ではありません。それでも、農家は、最初はおそるおそる小面積で試してうまくいくことを確認し、周りの農家とも情報交換をしながら徐々に栽培面積を広げていきました。

このように、研究者ではなく農家自身が試行錯誤を繰り返しながら、個々の水田圃場の環境に適した技術を作り上げていることがSRIの大きな特長です。また、国の普及センターなどの公的な組織がSRIの普及を正式な事業として取り組んでいる例は少なく、SRIの普及はNGOが主として担っているのが現状です。したがって、SRIの普及について農家数や面積を正確に把握するのは困難です。アメリカ合衆国コーネル大学のノーマン・アポフ(Norman Uphoff)教授は早くからSRIの可能性に注目し、学内にSRI国際ネットワーク情報センター(SRI International Network and Resources Center)を立ち上げて、SRIに関する情報収集と発信を行っています。各国政府やFAOなどの国際機関によるSRIの公式統計はないので、彼らはSRIの普及に取り組むNGOなどの資料に基づいて推計をしています。それによると、2013年末現在でSRIは50数カ国で1千万を超える農家によって3~4百万haの水田で実践されているそうです。世界全体の稲作面積は約1億6千万ha、稲作農家数は1億4千4百万なので(GRiSP 2013)、SRIの占める割合は面積で2パーセント、農家数で7パーセントということになります。

ただし、この値はSRIの研修に参加した農家数と彼らの稲作面積を基にしています。したがって、SRIを先に述べた基本技術を全て実践することと厳密に定義すると、この値は過大推計といえます。なぜなら、SRI研修を受けたほとんどの農家は教えられたことをそのまま実行するのではなく、独自に改良や工夫を加えているからです。逆に、基本技術を1つでも実践すればSRIだと緩く定義すれば、この値は過小推計になってしまいます。なぜなら、SRIの基本技術と言われているものの多くは、実は日本を含めアジアの農民が昔から行ってきたことでもあるからです。つまり、SRIという言葉も知らぬままに、SRIの基本技術のいくつかを当たり前のように実践してきた農家も少なからずいるわけです。彼らの多くはSRI研修を受けていないと思われるので、その数を把握するのはきわめて困難です。

以上のように、今のところSRIの広がりは世界の稲作全体のおおよそ数パーセントのレベルに過ぎませんが、NGOを中心とした普及活動や農家から農家への直接的な情報伝達などによって、普及が進んでいることが数多く報告されています。

2.インドネシアにおける有機SRIの普及[1]

SRIは1980年代半ばにマダガスカルで体系化された農法ですが、その後10年くらいの時を経てアジア各国へも広がっていきました。元来マダガスカルの稲作は、東南アジア島嶼部からの移住に伴って伝播したと言われています(辻本・堀江 2009)。しかも、「緑の革命」に端を発する近代稲作技術は、アジアの方がはるかに進んでいますから、このような技術の伝わり方は非常に興味深いものといえるでしょう。

インドネシアに最初にSRIが紹介されたのは1997年といわれ(佐藤2011)、それ以降、国際機関、行政、国内外の民間企業、NGOなどの多様なアクターが普及に取り組んでいます。特に西ジャワでは有機農業推進の行政的な後押しもあって、NGO主導による有機SRIの普及が進み、民間企業のサポートと指導によって有機農産物とフェアトレードの国際認証を取得してアメリカやEUへ輸出する農民組合も登場しました。ここでは、その組合が有機米輸出へと至った経緯を紹介します。


1)農民組合の概況

調査対象は西ジャワ州タシクマラヤ(Tasikmalaya)県のシンパティック(SIMPATIK)農民組合連合で、2008年設立、2011年6月現在で25組合約1,900名から構成されています。SRIが実施されている有機認証対象水田は全体で292ha、1戸当り平均にすると0.15haとなります(2010年実績)。地域の平均的水田耕作面積は0.3haで、組合員農家の水田規模もそれとほぼ等しいので、有機SRIは経営する全ての水田で行われているわけではなく、水利条件の良い圃場のみで選択的・集約的に採用されているといえます。また収量は平均で6t/haと地域とほぼ同水準ですが、農家ごとに見ると3t/haから10t/haまで幅が大きく、SRIは圃場条件や個人の技術差に大きく影響されるといえます。なお、稲作は年に2~3作行われています。


2)SRI普及の3段階

この組合にSRIが普及するまでには、様々な関係者の関わりが必要でしたが、それを時系列で整理すると、以下のように大きく3つの段階に分けることができます。

(1)準備段階(1992年~2000年)

SRI普及が成功した地域の共通点として、農民学校(Farmer Field School)といわれる参加型普及手法によって病虫害の総合防除技術(IPM, Integrated Pest Management)の普及が先行していることが指摘されていますが、対象地域も例外ではありません。タシクマラヤ県に国連食糧農業機関(FAO, Food and Agriculture Organization)プロジェクトの一環としてIPMが導入されたのは1992年です。IPMとは病虫害を農薬のみで防除するのではなく、天敵の利用や輪作・混植などを組み合わせ自然界の仕組みをうまく活かすことで健全な農作物を育てることを重視する技術です。農業生態系は農家の圃場ごとに違うと言っても過言ではありません。生態系の複雑な仕組みを利用するためには、自分の圃場の状態をよく観察して水管理、施肥、除草といった作業をタイミングよく行う必要があります。

このプロジェクトに参加した3名の技術系職員(2名は農業省、1名は県農業部)と1名の農家は、肥料・農薬多投型の技術によって農業生態系が危機に瀕しているとの認識に至り、独自の研修教材を作成して県内を中心に自主的に普及活動を始めました。FAOのプロジェクトは2000年に終了しその後資金的補助は途絶えますが、彼らの活動は2002年まで続けられIPMは徐々に広がっていきました。稲の成長を人為的にコントロールするのではなく、環境を整えることで作物が本来持っている生命力を引き出すという考え方はSRIと同じです。このように、肥料や農薬といった薬剤に過度に依存しない農業のあり方を理解することが、SRIを受け入れる前提として重要です。


(2)SRIの導入期(2000年~2005年)

農業省職員の1名がNGOの資金で2000年にアメリカで技術研修を受ける機会を得、コーネル大学アポフ教授からSRIについて学びました。同時期に他のメンバーもSRIの情報は得ていたので、彼の帰国後直ちに研修メニューにSRIを取り入れました。2003年には農家メンバーが全国優良農漁業者連絡会の県代表に選ばれたので、この立場を利用して県の全39郡の代表農家を招待して3日間のIPM-SRI研修を実施しました。県農業事務所の会議室が研修所兼宿泊所として提供され食事は自前というこの招待に28名が参加したそうです。その中にはかつて農民学校でIPM研修を経験していた農家も多く、自然生態系を重視するSRIは比較的抵抗なく受け入れられました。この研修を契機に県内広域にSRIの情報が伝えられていきました。

(3)有機認証の取得とSRI米の輸出(2006年~)

2006年に他の1名の農業省職員が日本のコンサルタント会社の資金援助を得て、有機SRI研修・普及を目的としたNGOを設立しました。また県は州政府の健康・教育・貧困削減政策の一環として「有機稲作振興」を打ち出し有機SRIを推奨技術に採用、2006~07年に堆肥製造のためのチョッパー、ミキサー、堆肥舎、家畜(牛、山羊)等の補助を行いました。以上のような普及活動、政策支援の結果、2008年に農家メンバーが代表となるシンパティック農民組合連合が設立されるに至りました。設立当初は8郡28農民組合、全組合員数は2,000名を超えたそうです。その後、ジャカルタに本拠を置く食品流通業者の強力な指導と支援によって2009年にIMO(Institute for Marketecologyスイスの有機認証機関)から有機米およびフェアトレードの認証を取得、アメリカのフェアトレード食品会社への輸出が実現し、その後EU、マレーシア、シンガポールへも取引が広がっています。

3.マダガスカルにおけるSRI技術研修への参加要因と研修効果[2]

マダガスカルでもSRIは営農現場で慣行農法と比較して2~3倍の増収効果が確認されていますが、増収効果を発揮させるための生産基盤(灌漑・排水)の未整備、季節的に集中する追加的労働投入(深耕、除草)、効果が短期的には明らかでない肥沃度管理(有機物の継続的投入)、などのため普及は期待されるほどには進んでいないのが現状です。SRIのように現場依存性、農家依存性の高い技術を効果的に普及するためには、対象地域を絞り込み、生産環境に応じた技術の継続的改良を担う農家の資質向上のための教育・研修が必要です。そこで、SRI研修への参加要因と研修効果の検証を目的に、マダガスカルの主要な稲作地帯である中央高地のアロチャ・マングル(Alaotra Mangoro)県のアロチャ(Alaotra)湖南西岸で聞き取り調査を2012年に実施しました。


1)地域の概況

アロチャ湖畔の灌漑地域は、首都アンタナナリブ(Antananarivo)の北東約240kmに位置し標高は約800mです。アロチャ湖の周辺には10万haにおよぶ湿地帯が広がり19世紀から稲作とゼブ牛の放牧飼育が行われていましたが、コメ輸出を目的とする大規模機械化水田農業を目指した本格的な灌漑開発が湖の南西部を対象にフランス植民政府によって1950年代から開始されました。マダガスカルは1960年に独立を果たし、その翌年1961年にアロチャ湖開発公社が設立され開発が引き継がれます。60年代末には稲作適地のほとんどが開拓され農民による定住農耕が確立します。マダガスカルは1975年から社会主義体制に入り80年代初頭から水利組合の育成なども進められますが、92年に社会主義政権から第三共和政へと移行したものの、財政難もあって開発のための公共事業はほとんど中止、1990年代は「失われた10年」と言われています。しかし、2000年代に入ると海外援助も増加し、フランス、世界銀行、JICAがそれぞれ灌漑システムの改修・補修、水利組織再編、高生産性・環境保全型技術普及などを実施しています。調査対象地域は灌漑が整備されていますが、水源である自然河川の水量が乾期に不足するため稲作は基本的に年1作で収穫は5月と6月に集中しています。世界銀行のプロジェクト対象地区では、2011年頃から6~7名の農民組織を作り投入資材への補助とSRI研修を進めています。ここで行われているSRIの技術内容は、8日苗を25×25 cmで1本植え、堆肥・化学肥料施用、回転除草機による除草などです。そのほかの組織もSRI研修を行っていますが、その技術内容は様々なようです。


2)SRI研修参加と研修効果

統計分析からSRI研修に参加する農家は以下のような特性があることがわかりました。まず、世帯主の年齢と学歴は高い傾向にあります。これは、稲作経験が長く学習意欲が強いことを示唆しています。経営上の特徴としては、経営規模が小さく家と水田圃場の距離が短いことです。これは頻繁に圃場に通い集約的な栽培管理が可能であることを意味します。また、耕作している水田が良好に整備され、耕耘機やトラクターを所有する農家、つまり畦や水路の維持管理が適宜適切に行え、水管理も容易な条件にある農家が多くSRI研修に参加しています。さらに、所有農地の水田比率、稲作圃場の借入比率が高く、家畜所有は少ないという傾向からは、稲作に比重を置いた経営指向が強いことがわかります。以上まとめると、稲作への意欲が強く知的好奇心もあり、緻密で適期作業が要求される栽培管理が可能な経営条件にある農家がSRI研修に積極的に参加しているといえます。このことから、SRI研修に参加する農家はもともと生産性の高い農家であると想像できます。したがって、研修に参加した農家と参加していない農家の技術採用や収量を単純に比較して有意な違いがあったとしても、それが単純に研修参加の効果であるとはいえません。

そこで、そうした研修参加に関する農家特性の影響を排除して研修参加自体の効果を解明するために、傾向スコア・マッチングという手法を適用して研修参加の効果を分析しました。傾向スコアにより同じような属性を持つ農家を特定し、SRI研修に参加した農家と参加しない農家を比較したところ、SRI研修の効果としてコメ収量が2.89t/ha向上することに加え、クレジット利用(肥料・農薬・種子など投入資材の購入や雇用労賃支払いのために公的金融機関から資金を借り入れること)、化学肥料投入、除草回数が増加することがわかりました。研修によりクレジットの利用が増えたのは、コメの収量が増加し収入が増えたために返済が容易になったためと考えられます。また化学肥料の利用が増えたこと、雇用労働を使う必要のある手作業の除草回数が増えことは、これらの技術には速効性があり投入に見合う収量増が見込めるためと考えられます。ただし、収量の向上が特定の要素技術によってもたらされたのか、いくつかの技術を併用することで相互作用が発現したのか、SRIに固有の技術的優位性はないが研修によって経営者能力が向上したためか、などはこの分析では解明することはできず、今後取り組むべき課題として残されています。

4.SRIの意義

実は、SRIを構成する技術そのものは決して新しいものではありません。日本がまだ食糧難の時代であった「米作日本一」(1949年から20年間つづいた多収穫競励事業。参加農家数は延べ40万人に及ぶといわれています)で表彰された農家の技術はSRIにきわめて近いことが指摘されています(辻本・堀江2009)。また、文献調査によっても類似した栽培法がすでに1900年代の初めには、インド、ミャンマー、スリランカ、フィリピン、ベトナムなどでも行われていたとの報告もあります(Glover 2014)。

日本を含めアジアの農民にとって米をたらふく食べることは長年の悲願でした。限られた資源の下で、知恵を絞って米作りに励んでいたわけです。では、そのようにして積み重ねられていった農民の英知はどこに行ってしまったのでしょうか。1960年代後半から始まった「緑の革命」では、灌漑整備された水田で肥料や農薬を多投して近代品種を栽培すれば誰がやっても高収量が得られるいわゆるパッケージ技術が広くアジアに普及しました。「緑の革命」が世界の米増産に多大なる貢献をしたことは否定できませんが、品種や技術が標準化することで世界の稲作の多様性が失われ、その過程で農民の知恵も忘れ去られてしまったことも否めません。

「緑の革命」の普及効果が十分ではなかったマダガスカルでSRIが生まれ、それが世界に広がりつつあるというのは、いわば周回遅れで走っていた走者が一躍トップに躍り出たようなものです。実はここに技術開発を考える上で重要な示唆があります。「緑の革命」を推進していた1960年代から80年代の頃は、水資源制約、灌漑開発による自然破壊、栽培種の広がりによる生物多様性の影響、灌漑水田からの温室効果ガスの発生などといった近代技術の負の側面はほとんど認識されていませんでした。肥料や農薬を買いたくても買えない農民のための栽培法は、資源節約的で環境負荷も小さい未来志向の技術であったわけです。SRIが私たちに訴えかけているのは、近代技術が開発される以前の農民の創意工夫や、水資源が乏しかったり土地がやせているところで生産を続けている農民の知恵から学ぶことの大切さではないでしょうか。

  • [1]^ この章はYokoyama, et al (2012)に基づきます。
  • [2]^ この章は、横山・櫻井(2014)に基づきます。


  • 引用文献

    Glover, D. (2014) Tracing the roots of the “root revolution”: pre-green revolution antecedents of the system of rice intensification (SRI) in India, Poster presentation at the 4th International Rice Congress, 27 October ? 1 November 2014, Bangkok.
    GRiSP (Global Rice Science Partnership) (2013) Rice almanac, 4th edition. Los Banos (Philippines): International Rice Research Institute.
    SRI International Network and Resources Center (http://sri.cals.cornell.edu/)
    佐藤周一(2011)「インドネシアのSRI」J-SRI研究会編『稲作革命SRI』日本経済新聞出版社。
    辻本泰弘・堀江武(2009)「マダガスカルの稲作-集約的水稲栽培法SRI」『最新農業技術作物Vol.1』農山漁村文化協会。
    横山繁樹・櫻井武司(2014)「稲作技術研修の参加要因と研修効果-マダガスカル中央高地におけるSRIの事例-」『農業経営研究』52(3)。
    Yokoyama, S., Hutabarat, T., Uphoff, N.(2012)Role of Knowledge and Information System in Rural Innovation: A case of organic SRI (System of Rice Intensification) in Indonesia, Poster presentation at 8th World Congress of Rural Sociology, July 29-August 4, 2012, Lisbon.

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