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「SRIとPAPRiz 集約稲作 技術の作り手の思いとユーザーの言い分どっちをとるか?」

中村 公隆 (JICA国際協力専門員)


 今回の稲作シンポジウムは、マダガスカル発祥で現在世界的に普及が行われている集約稲作農法(System of Rice Intensification: 略称SRI)が主題である。発表者はSRIとマダガスカルと日本の技術協力プロジェクトから生まれた稲作技術(PAPRiz技術パッケージ)について両者の共通点と違いを示すこととした。相対比較の根拠として、社会学者ロジャースの「普及学(Diffusion of Innovation, 1962年)」の観点を一部で引用した。

1. マダガスカルにおける日本の稲作技術協力プロジェクトの概要

 マダガスカル中央高地コメ生産性向上プロジェクト(Projet d’Amelioration de la Productivite Rizicole sur les hautes terres centrales: 略称PAPRiz)はマダガスカルの農業省と日本の国際協力機構(JICA)による技術協力として、2009年1月から2015年6月までの6年半実施された。同プロジェクトは、日本政府による対マダガスカル国協力「食糧増産プログラム」の事業の一つと位置づけられる。対象は国内のコメの4割以上を生産する中央高地5県であり、「生産性向上」の目安として対象県内に複数設置されたモデルサイト(かんがい地区)の全農家(合計600世帯程度)の平均収量を1ヘクタールあたり1トン以上増加することを目指した。その主な活動は、1)生産性を向上する稲作技術の開発、2)優良な品種種子の生産、3)小型農機具の開発、4)コメの生産流通に関係する官民のアクターの連携、5)プロジェクトが開発した稲作技術パッケージ(先述の技術、優良種子、小型農機具をセットにしたもの)の普及 の5つである。これらの活動は、マダガスカル政府の農業技術者・研究者、農家を指導する普及員、そして地域のリーダー的役割を担う農家と、JICAが派遣した日本人技術者チーム(JICA専門家)とが協力しあうことで実施された。ここから生み出された成果によって、プロジェクトは当初の目標を達成しただけではなく、プロジェクトが開発した技術パッケージを全国的に普及し国内全体のコメ生産を向上するための基礎を整えた。具体的にはメディアを通じて100万人単位での技術情報へのアクセスを可能にし、年間1万人規模への研修を実施することで協力期間中に約3万世帯の農家が技術パッケージを採用した。これを受けて、日本とマダガスカル政府は稲作技術パッケージをより多くの農家に普及するためのプロジェクト(PAPRiz ll)を2015年12月から2020年12月までの5年間実施する予定である。

 発表者は2009年10月から2014年1月までの4年3か月間JICA専門家の一人として現地での活動実施に従事し、その後もJICA国際協力専門員として後継プロジェクトの計画、実施準備を担当している。


2. SRIとPAPRizの共通点と違い

 まず、SRIとPAPRizの共通点に関して言及する。両者とも当然ながらコメの収量増加を目的として開発された技術であるが、マダガスカルの社会・経済的な背景に留意し「お金をなるべくかけないこと」を基本方針としている。つまり、肥料や種子や農業機械などの投入にかかるコストをなるべく抑える一方で労働の手間をかけることにより従来よりもたくさん収穫できる技術を目指した。ここで双方の技術にとっての手本となったのがコメを主食とする日本の稲作、それも農業が近代化・機械化される1960年代以前の田植えや収穫が人の手で行われていた頃の労働集約型の稲作である。この時点でも日本の平均的なコメの単収はヘクタールあたり4トンに達していた(ちなみに現在は6トン前後)。これに対しマダガスカルの現在のヘクタールあたりの収量は2トン程度に留まる。従来のマダガスカルの稲作は粗放である。例えば、苗代で苗を育て田植えをする習慣は19世紀には中央高地一帯で普及していたと言われるが、中央高地と共に国内のコメ生産を支える西部海岸地域は今も種籾のばら蒔きによる直播が主体である。また、肥料の使用については、地形的に水田は降雨によって斜面から流れ込んだ土と水が堆積する場所、つまり比較的土が肥えている土地と現地の農家は認識しているため、水田稲作は無施肥を通常としている。

 日本の集約稲作はもともと山間地域が大半を占め世帯あたりの耕作面積が限られるなか「少ない土地からたくさん獲る」手段として生み出されてきた。この点で、マダガスカルは近年中央高地を中心に人口増加と相続農地の細分化が進み、労働集約型稲作の導入を要する状況となってきた。こうした状況の変化は、SRIとPAPRizの両者が普及される下地となっている。

 両者の効果と普及状況の大まかな違いをまとめたのが図1である。端的な両者の違いは「何を優先的に目指した技術か」の違いにあると考える。発表者の現地での経験と観察によれば、SRIは「収量を最大限に上げるための技術」を追求したものであり、この点で固定的ないし普遍的技術であると言える。例えば、発芽後7日~12日程度の乳苗の移植、有機質肥料の連年の大量投入、間断灌漑などを行うことがSRIの要件(「これをしないといけない」というルール)とされる。これらが厳密になされることでヘクタールあたり10トンを超えるとも言われる収量を達成しようとしている。一方のPAPRizは収量の増加よりも「現地の農家が現実的に実践可能な技術」を最優先し、この点で可変的技術であると言える。つまり、SRIでは厳密に規定される苗作り、田植え、施肥、水管理についても、それぞれに複数のオプション技術を提案し、要件を特定していない。このため収量の点ではヘクタールあたり4トンから7トンと幅が生まれることに加え、増収効果もSRIに比較して中庸なレベルに留まる。


図1

図1


 こうした目指す目的の違いによって、誕生から30年以上を経過し今や国民の大半がその名を知るSRIと、普及開始から5年弱のPAPRizの「普及(この場合、『農家が実際に技術を採用する』という意味)」の速度にも違いが生じている。具体的には約200万世帯と言われる稲作農家の0.5%~5%がSRIを採用していると推測される一方でPAPRizの採用農家は現時点で1.5%に達している。


3.「普及学」の観点からの比較

 普及における両技術の違いについて、発表者は社会学者ロジャースの「普及学(Diffusion of Innovation, 1962年)」にある「イノベーションが導入される5つの要因」を引用し、これら5要因に両技術を当てはめて比較することとした。まずはその5要因の定義について言及した図2を参照されたい。


図2

図2


(注、これらの定義は原典をより一般に分かりやすい表現に発表者が解釈しなおしたものである。また、この場合のイノベーションとは新しい技術を指す。)

 これら5つの要因に対して、両者を構成する主要技術(水管理、種子、施肥、苗作り、田植え)について比較したものが図3である。これは両者の普及経験のある政府技術者(プロジェクトの同僚)及び導入経験のある農家(プロジェクトの協力農家)の評価を比較したものである。調査対象者の数は数百に上るが、調査はあくまで対象者との日常的なやり取りや収穫後に実施される技術評価会等の場での聞き取りによって抽出された。また、その評価は彼らの主観に基づくものである。そのため学術的で厳密な調査手法には則っていないことをお断りしておく。


図3

図3


 両者を比較すると、「相対優位性」や「観測可能性」といった技術そのものの客観的な効果、すなわち増収に直結する理想的な技術と実際の増収を評価する指標については圧倒的にSRIが高い評価を得ている。一方で、技術のユーザーを主体に置いた「互換性」、「複雑性」、「試行可能性」についてはPAPRizが優位にあることが分かる。

 これはPAPRizがその普及を見据えSRIには欠けている部分に優先的に対応してきた結果と考えられる。

 5つの要素についてPAPRizが行った主な取り組みを挙げたのが図4である。


図4

図4


ここでは、ことPAPRizがSRIに相対して優位な3つの要素について述べる。「互換性」に関しては農家参加型の技術開発を通じ農家の使い勝手やニーズを極力反映することでユーザーフレンドリーな技術開発を行った(写真1)。これに対してSRIは個人の独自研究により打ち立てられた技術である(中央高地アンチラベAntsirabeで伝道していたヨーロッパ系神父によるもの)。


写真1

写真1:
農家世帯の男女を招いての評価会


 また、SRIは金銭的な投入を最小限に抑え最大の収量を上げるという観点では低コストな技術とされるが、その一方で集約化された労働にかかるコストは、マダガスカルの稲作が概して家族労働によって行われることもあり生産費に計上されていない。プロジェクトによる試算ではSRIの労働コストを現地の労賃相場に当てはめて現金化した場合、慣行農法の3倍以上となり、種子、肥料、農機具等の農業投入材にかかるコストとの比率においては9:1~7:3(労賃:投入材)と決して低コストではないことが判明した。PAPRizはこの点に着目し、たとえ労働コストを含めた収支でも「収益性を保証する」技術を開発し、その根拠となるデータを農家の啓発に利用した(表1は協力農家の稲作にかかる収支を計算した表)。


表1

表1


 「複雑性」への対応に関しては、従来はSRIを含め活字媒体が中心となっていた農業技術教材に対して、画像・映像を中心とした普及教材を数多く開発し「目に見える分かりやすさ」を追求した。これと共に、国民的人気を誇る喜劇俳優を教材のナビゲーターとして起用し、TVやマダガスカルでは人気の娯楽である映画、DVD等のメディアを通じて放送・上映・販売を行った。農民役に扮した俳優が技術を実演して見せることで、ユーザーに対して「誰にでもできること」という認識を与えるようにしたのである(写真2)。


写真2

写真2:
PAPRizのメディア教材


 「試行可能性」については、SRIが稲作の収穫までのプロセス全体を通じた改良技術の実践を要件とするのに対し、PAPRizは生産の各段階における推奨技術(水管理、種子、施肥、苗作り、田植え等)を分解し、単体の技術に特化したテーマ別教材開発や指導も行った。これによって農家に対しては「技術を必ずしもセットでやらなくとも出来ることからやればよい」という手軽さをアピールした。(写真3)


写真3

写真3:
テーマ別の教材



4. まとめ

 SRIもPAPRizもマダガスカルの社会経済状況を考慮したコメ増産の技術であることには変わりはない。一方で、両者の違いは技術の開発者の理想と、技術のユーザーである農家の言い分のどちらを優先したかにより生じた。今後も日本のコメ作りを起源とする両技術の普及の行方をマダガスカルの現地にて追跡することとしたい。

以上



参考文献
E.M. Rogers著 青池愼一・宇野善康監訳『イノベーション普及学』(産能大学出版部, 1990年)
Rogers, Everett M. (1962). Diffusion of Innovations (first edition). Glencoe: Free Press

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