Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「ディナベ(Dinabe)家畜を守るための新たな自衛の動き」

安髙 雄治 (京都大学アフリカ地域研究資料センター)

はじめに

 マダガスカルの南西部に暮らすマハファリ(Mahafaly)の人々は、家畜なかでもウシとの関わりが強いことで知られる。ウシの牧畜は彼らの生活に欠かせない生業活動の一つであり、その石積みの墓にはウシの角が並べられる(Boulfroy, 1976)。飼養するウシの数は飼い主の裕福さを示す尺度ともなってきた。マハファリの人々にとってのウシは、単に生きていくための食糧確保や移動の手段としてだけでなく、社会的にも、また文化的にも極めて重要な存在であると言える。それだけに、ウシは昔から盗みの対象ともされてきた。

 ウシ泥棒は、このように以前から存在していたが、その被害が特に深刻化したのは2009年の政変以降と言われる。その後、対策として治安部隊による掃討作戦なども行われ、一定の成果を上げたとされるが、解決と呼ぶには程遠い状態が続いていた。

 治安が悪化し、大事なウシを盗まれ生活にも影響が及ぶようになる中で、ウシを守ることを主な目的としたディナベ(dinabe)と呼ばれる制度(および組織)が立ち上げられた。本稿では、ディナベ立ち上げの経緯とその活動の現況について報告を行う。


マラスの変化

 ウシ泥棒(強盗)のことを南西部ではマラス(malaso)と呼ぶ(他地域では一般にダハルdahalo)。マダガスカルには、ウシ強盗に成功することが度胸や強さの証しとなるような集団も存在するが(Scheidecker, 2014)、少なくとも南西部のマハファリや沿岸部に暮らすタナラナ(Tanalana)の人々にとっては、大規模なウシの強奪はさほど一般的ではなかったようである。一人もしくは少人数で行動し、飼い主の目を盗んで、また闇夜に紛れてこっそりと少数のウシを連れ去ることが多かった。盗まれたウシは、飼われていた村からある程度の距離のところまで移動させられると、その地域の家畜市場で売却されたり、儀礼用の贈りものとして処分されたりした。一方、盗まれたウシの飼い主はその足跡を何日も追い続け、遂にはウシを見つけて取り戻すこともあったようである。この場合、単に盗まれたウシを取り戻すだけでなく、人々の間で取り決めたディナ(dina)に従って賠償を求めた(安髙, 2009)。

 このような状況は、旱魃などによる食糧不足が深刻化し始めた1990年代中頃から少しずつ悪化していったようである。ウシ泥棒の被害が大きくなるだけでなく、それとともに治安も悪くなっていった。それを決定づけたのが2009年の政変である。政変以降、武器の入手が容易になったことでマラスの重武装化が進んだと言われる。また、新たにマラスになる若者が増え、さらに複数のグループが連携するなどして、多人数で襲撃することも増えた。マラスの多くは以前とは異なり、ウシを盗むにあたって隠れもせず、場合によっては村全体を襲って金品を強奪し、また殺人も厭わないなど、強盗団と呼ぶべき存在と化した。


ディナベの目的と現況

 マラスによる被害が徐々に拡大していく中で、南西部では2006年頃に治安回復のための動きが見られるようになった。その後、ベティウキ(Betioky)近くのコミューン(行政区画の一階層)において、それまでの動きを引き継ぎつつ不備を補う形での制度作りが本格化し、2014年には公的な認可を受けるに至った。ディナベと呼ばれるこの制度は、マラス襲撃などの緊急時になるべく早く多くの地域住民を招集し、また銃(ほとんどが散弾銃)の所有者には持参するよう求めることで、人々がマラスと直接対峙し、自衛することを可能にした。加えて、地域における様々な問題解決のために住民を招集するなど、自衛以外の役割も果たすことになった。大事なことは、マラスや問題を起こした当事者などを圧倒する数の住民が集まること、そしてその多くが武装していることである。そのため、招集がかかった時には特別な事情がない限り参加しなければならないという決まりが設けられている。

 上述したコミューンでは、その後、周囲のコミューンとともに互いに協力し合うグループを作り、マラスの襲撃に備えると同時に、これまで合計9件の問題解決に関わっていた。この9件には、犯行後に発覚したウシ泥棒の事例や、複数の殺人事件、土地の所有権を巡る問題などが含まれており、多い時には800人ほどが集まったようである。

 このような活動によって、少なくともディナベに参加しているコミューン内ではウシ泥棒(強盗)が減少し、明らかに治安が良くなったと言う。そして、そのような情報は周辺地域にももたらされ、それまで未加入だったコミューンが既存のディナベ・グループに加わったり、新たに別のグループを形成したりして、ディナベは急速に南西部に広がっていった。

 ディナベの招集がかかると、住民は参加することが当然とされ、銃だけでなく弾も自分で調達するよう求められる。特別な場合を除き、生計維持のための活動を差し置いて駆けつけなければならず、主に自然を相手にした生活を送る人々にとっては大きな負担となるはずである。加えて、その活動には問題をはらんでいると思われる点もあり、主要なメンバーの中には一抹の不安がよぎるような噂のある人物も含まれている。それでも広くディナベが受け入れられているのは、マラスによるウシ強盗や悪化した治安が住民の生活を大きく脅かしてきたという現状があるからだろう。それまでの状況に比べて明らかに治安が改善したとされることから、南西部においても、また他地域へも、ディナベの拡大はしばらく続くのではないかと考えられる。



引用文献
安髙雄治(2009)「マダガスカル南西部の自然保護区拡張における問題と展望」『総合政策研究』31: 1-10.
Boulfroy, N. (1976) Vers l'art funeraire Mahafaly. Objets et Mondes 16 (3): 95-116.
Scheidecker, G. (2014) Cattle, conflicts, and gendarmes in southern Madagascar: A local perspective on fihavanana gasy. In: Kneitz, P. (ed.) Fihavanana: La vision d'une societe paisible a Madagascar,Universitatsverlag Halle-Wittenberg, pp. 129-156.

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