Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「マダガスカルの鳥」

山岸哲 (京都大学理学研究科)

 私たちは1989年から文部省科学研究費を受けて、マダガスカル島の鳥類の特産科のひとつ、オオハシモズ科について研究を続けてきた。オオハシモズ科は様々な形態をもつ14種(シリアカ、アカ、カギハシ、クロアゴ、シロノド、クロノド、ハシナガ、シロガシラ、チェバート、ルリイロ、クロ、ヘルメット、ゴジュウカラ、ハシボソの各種。全ての種名の末尾には「−オオハシモズ」がつく。以下「−オオハシモズ」は略)から成っており、鳥類の適応放散を研究するのに格好の材料である。私たちの研究は、以下の3つの主題に分けられる。

1)オオハシモズ科の適応放散の研究

 オオハシモズ科の14種は同じ科に属すとは思えないほど変異に富んでいる。これら14種を、くちばしの形態と採食習性から分類してみた。

 まず、博物館に所蔵されている剥製のくちばしの形態を計測し、その値をクラスター分析にかけると6つのグループに分けることができた。これらのくちばしの形を工具に例えると、1.ピンセット型(ハシナガ)、2.ラジオペンチ型(シロガシラ、カギハシ)、3.ペンチ型(クロノド、シロノド、クロアゴ)、 4.プライヤー型(ヘルメット)、5.ニッパー型(アカ、ルリイロ、チェバート、シリアカ)、6.平ピンセット型(ハシボソ、ゴジュウカラ)となる。

 次にそれぞれの種の採食習性を、マダガスカル全土の森をめぐって調べた。観察できなかったクロオオハシモズを除く13種について、採餌する高さ、採餌場所、採餌方法を記録し、くちばしの形態と同様にクラスター分析にかけた。すると13種の鳥は以下の7つの採食習性を持つグループに分類することができた。 1.樹冠部でつまみ捕り(シリアカ、ルリイロ)、2.多所で多様な技術を用いる(チェバート、カギハシ、ヘルメット)、3.地上でとびかかり捕り(アカ)、4.樹幹や枝でつつき捕り(ハシナガ、クロノド)、5.葉や小枝、枝でつまみ/つつき捕り(シロノド、シロガシラ)、6.小枝、葉や枝でつまみ捕り(クロアゴ、ハシボソ)、7.樹幹でつまみ捕り(ゴジュウカラ)。これらの採食習性を持つ鳥は、例えば日本では1.シジュウカラ、2.ヒタキ、3.モズ、 4.キツツキ、5.ヒタキ、6.ムシクイ、7.ゴジュウカラ・キバシリなどにあたる。しかしマダガスカルではこれらの多くは棲息していない。オオハシモズ科の祖先種は、本来ならこれらの鳥が占める生活空間が空いていたため、くちばしの形態や採食習性を分化させてそのような空間で生活するようになったのであろう。このようにひとつの種が環境に適応して種分化する現象を「適応放散」と呼ぶ。この研究は九州大学の江口さんと私が中心になってやってきた。

 しかしここで根本的な問題が持ち上がってくる。はたしてオオハシモズ科は本当に単系統(ひとつの科)なのだろうか。単系統であればこれらの種は適応放散して進化したものであろうが、もし多系統なら適応放散とは呼べない。事実、この科の分類は種の記載以来大きく変遷を繰り返している。そこでこの科が単系統であるかどうかを生化学的手法を用いて調べた。ミトコンドリアDNAのチトクロムb、12SrRNAの塩基配列を決定して、それらをアフリカのヤブモズ、メガネモズ、パプアニューギニアのモリツバメ、モズガラスなどの種と比較することによりオオハシモズ科の分子系統を解析するのである。この研究は名古屋大学の河野さんと京都大学の本田さんが取り組んでおり、解析はまだ途中であるが、もしオオハシモズ科が単系統であることが証明されれば、この科の適応放散の研究は有名なガラパゴスフィンチやハワイミツスイの研究に匹敵するものになるだろう。

2)アカオオハシモズの社会に関する研究

 オオハシモズの種内社会の研究は、マダガスカル北西部のアンカラファンチカ厳正保護区でのアカオオハシモズの社会学的研究として、私と九州大学の江口さん、京都大学の浅井さんを中心に進められている。

 アカオオハシモズは羽色は赤茶色で頭部が黒く、腹は白い。雄はのどの部分が黒いが雌ののどは白い。基本的には雌雄各一羽の一夫一妻で繁殖するが、観察をしているとペア以外の個体も繁殖に参加していることがわかった。これらの個体は、のどが黒い雄であるか、あるいは白地に黒の斑点のある個体であった。色足環をつけて個体識別し経年観察すると、この斑点のある個体は前年にそのなわばりで生まれた1歳の雄であり、2年目にはのどの黒い雄になることがわかった。従って、アカオオハシモズは一夫一妻か、一夫一妻に1〜4羽の若い雄が含まれるグループで繁殖していることになる。つまりアカオオハシモズは、繁殖様式は一夫一妻で、前年に生まれたヒナが雄であればそのまま両親の巣にとどまり両親の繁殖を手伝う「ヘルパー行動」の見られる種なのである。しかし一夫一妻のペア関係は生涯続くわけではない。一方が死ぬ場合もあれば、生きているにもかかわらず“離婚”する場合もある。もし両親が“離婚”し、雌が入れ替わると、グループにとどまっていた若い雄は新しい雌とは血縁関係がないことになる。そうすれば若い雄は、繁殖雄に隠れてその雌と交尾することで自分自身の子を残すことが可能なのではないだろうか。このことを確かめるため、マイクロサテライトDNAを用いた生化学的手法により、これらのグループの親と子の血縁判定を行なった。すると、若い雄は自分の子を残していてもいいはずなのにそのような子はいないことがわかった。

 では若い雄は性的に成熟しておらず繁殖能力がないのだろうか。そこで今度は生理学的手法により各個体の性的活性を調べた。具体的には各個体のフンを採集し、そのなかの性ホルモン(テストステロン)のレベルを測定するのである。しかし現在までのところ、若い雄が性的に成熟しているかどうかは明らかにはなっていない。今後は血液を採取し、より精密な測定を行なう必要がある。

3)種間社会の研究

 マダガスカルの森には、オオハシモズ科だけでなくいろいろな種の鳥が棲息している。そしてこれらの種の多くは混群(異なるいくつかの種によって構成された群れ)を作り行動することが観察されている。なぜこれらの鳥たちは混群を形成するのだろうか。混群を追跡しその採餌行動を観察すると面白いことがわかった。ある種では、混群に参加しているときは単独のときに比べ採餌する場所や採餌方法が変わり、採餌頻度も上がることが観察されたのである。つまり混群に参加することで餌を捕る効率が上がったことになる。一方同じ混群内にいても採餌効率の上がらない種もあった。上記のアカオオハシモズなどは後者の種である。これらは混群のなかでも先にたって移動する、いわばリーダー的な種であり、混群に参加することで採餌効率の上がる種は群れの後からついていく、追随者であることもわかった。このように鳥類の種間には、詳細に観察すると興味深い関係が見えてくるのである。この研究は森林総合研究所の日野さんによって進められている。

 総合すると、私たちはオオハシモズ科鳥類(バンガ)について多方面からアプローチする、「バンガ・バイオロジー」とでも呼ぶべき研究を行なっている。その内容は、形態学的・遺伝学的手法を用いて系統関係を明らかにする、行動学的・生理学的手法を合わせて行動生理学的研究を行なう、遺伝学的・社会学的研究を用いて個体の血縁関係を明らかにし、その種内社会の構造を解明する、群集生態学的研究による種間関係とその相互作用を調べる、など、多岐にわたるものである。これらの研究は現在も進行中であり、今後も様々な視点から研究を行なっていくつもりである。

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