Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「マダガスカル南部アンタンルイ族の生活の知恵と事情」

橋詰二三夫(進化生物学研究所)

マダガスカルはアフリカの中のアジアとして紹介されることが多く,中央高原の棚田の風景はその象徴としてあまりに有名です.とりわけアフリカ系民族のアンタンルイ族が住む南部の乾生林は、ディディエレア科やトウダイグサ科をはじめとする多肉植物や,キワタ科のバオバブなどの固有植物種が優占する,世界でも他には見られない摩訶不思議な景観を醸しだしています. [写真1]今回は、(財)進化生物学研究所の調査研究に基づきボランティアサザンクロスジャパン協会が自然林復元を進めている Ranomainty村周辺でのアンタンルイ族の生活について話をさせていただきました.

写真1 写真1:
南部の乾生林

年間雨量が500 mmを切る地域もある乾燥地におけるアンタンルイ族の生活は,アフリカ色の一つとされるコブウシなど家畜の放牧を基調としています. [写真2]特にコブウシは,食料としてよりも財産の単位としての意味合いが強く,冠婚葬祭の儀礼にかかわるステータスとなっています.しかし,経済力がない住民の中には,コブウシの10分の1ほどの値段で購入でき,殖やしやすいヤギを飼う人が多く,その過放牧による弊害が懸念されます.

写真2:
アンタンルイ族の家

写真2

農業では、サツマイモやキャッサバなどのイモ類,豆類やトウモロコシなどの穀類といった乾燥に強い作物が作られ,トウモロコシを潰した粥を食べるのが日常的です.しかし安定的に十分な収穫が得られない期間や場所が多く,住民の多くが自然林資源を利用した薪炭や材木の生産も行って,生計を立てています.[写真3]他の乾燥地ならではの食料として,外来植物のウチワサボテンの果実が挙げられます.1800年代後半のフランス植民地時代に中米から導入され,本来の目的であった生垣だけでなく,家畜飼料,果実などに高い利用価値があります.反面,成長が速いため自然林への侵入が及ぼす固有種への影響が無視できない問題となります.

写真3 写真3:炭焼き

自然林の恵みとアンタンルイ族の生活の知恵の融合が最もよく現れているのが,数多くの固有種の利用です.注目すべきものに, 61科119属157種におよぶ薬用植物があります(湯浅 2000).[写真4]外傷から内臓疾患,変わった薬用植物に赤ちゃんのひよめきを強くするものがあります.赤ちゃんの前頭頂の柔らかい部分であるひよめきを早く固める必要性があるわけで,現在の日本では考えられない厳しい生活環境がうかがえます.

写真4:
強壮剤となるバニラマダガスカリエンシスの販売
写真4

アンタンルイ族の住の根底を支えているのが,乾生林から得られる建築材料の代表であるディディエレア科のアルオウディア プロケラ(Alluaudia procera)、です. [写真5]現地でファンツィウルチャ(fantsiolotra)と呼ばれるこの植物は,多肉植物でありながら,多肉質の外層の内側にはしっかりした心材が形成されます. [写真6]幹は直径30cmを超え,外層を剥いで丸太状の心材を取り出し,それを板材に挽いて利用します.材は程よい堅さで,加工が比較的容易なだけでなく,なにより太くまっすぐに成長するという素晴らしい性質をもつ植物です.[写真7]現地の家はとてもシンプルで,丸太で家の枠組みを作り,そこにファンツィウルチャの板材を打ちつけるだけの構造です.[写真8] 2.5m四方ほどの大きさが一般的で,そこに一家4人から8人ぐらいが住んでいます.簡素なつくりで風通しがよく,日陰で40℃を超えることがある夏季でもほどほどに快適ですが,雨降りの時には隙間からの雨漏りが心配です.しかし住民によると,雨が降るとファンツィルチャの材は吸水して膨張し,隙間がなくなるとの事で,材の性質をうまく生かしたその構造にはつくづく感心します.屋内で薪を燃やして煮炊きする家もあり,そういう家の天井には播種用のトウモロコシなどが吊り下げられています.私たちは冷暗所に種子保存するのが常識ですが,ここでは焚き火の煙で種子を燻すことで防虫し,保存するのです.小さい家の中に凝縮された生活の知恵が光ります.

写真5 写真5:
建材となるアルオウディア プロケラ
写真6:
心材から板材が作られる
写真6
写真7 写真7:
プロケラの板材
写真8:
簡単な構造の家
写真8

一方,乾生林で目立つことにかけては筆頭に挙げられるザーバオバブ(Adansonia za)は,圧倒的な大きさを誇るものの,幹は水分を溜め込むのに適した柔組織でできており,心材から材木をとる事ができません.そのため樹皮や葉、果実の利用はあっても,切り倒して利用されることがないのが普通です.伐採するのに手間がかかるザーバオバブは,サイザルプランテーションなどの大規模な開発の中でも残されてきました.しかし近年,耕地整備のたびに傷つけられる事が原因なのか,プランテーション内でのザーバオバブの倒木が目立つのは残念です.

ところで,旱魃などでコブウシなど家畜の餌が不足するときは、バオバブを切り倒して幹の柔組織を救慌飼料として利用することがあります.そこで疑問となるのが,直径2m以上にもなるザーバオバブを,どのような方法で切り倒すかです.Ankapoka村の村長Jonson氏によると,使用する道具は手斧(Famaky)のみで,まず約80cm四方に表皮を剥がし,そこに上半身を入れながら柔組織をえぐり,中心まで達したらその隣に移って同じことを繰り返すということでした.この方法で成人男性1人が2日ほどで直径約2mのザーバオバブを伐り倒せるそうですが,当然,予期せぬ倒伏による身の危険を伴います.それゆえ,本当に困ったときだけに行われるとの話でした.

この方法と酷似したバオバブの伐採を,2005年11月に西部ムルンダヴァの通称バオバブ並木の近くで確認しました.伐採されていたのは直径が約4m,樹高約13mのディディエバオバブ(A. grandidieri)で,樹皮全体が丸剥きにされているのに柔組織は残されており,伐採の目的が南部とは明らかに違いました. [写真9]この地域では,樹皮の内側の皮層を形成する強靭な繊維を,家の屋根や壁材、またロープなどに利用します.従来の繊維の入手は,切り倒さずに幹の下部の樹皮を一部分切り出す方法で,その部分が再生してくるのを待って再び利用する持続型の方法でした.周辺住民の話では,建材用のバオバブ樹皮が足りない地域の住人が,雨期が始まる頃にバオバブが残っている地域へ盗伐に来るとの事で,その方法は,人がいない時間を見計らい,男4人ほどで3〜4時間で切り倒し、全体の樹皮を剥がして持ち去るというものでした.この年の11月前後に2本のバオバブが切り倒されており、ただでさえ次世代の幼木が少ないバオバブ並木では観光名所として重要な景観の維持に大きな影を落とすことになります.(橋詰 2006)

写真9 写真9:
伐採されたディディエバオバブ

盗伐者に関しての興味深い話に、昔から住んでいる人間は木切り倒したりしない,新しい人間が切り倒すという表現をしていたことです.バオバブの伐採は違法行為なので、残念ながら詳しい情報は集めることができませんでした.しかし,伐採法がアンタンルイ族のそれと似ており,1980年代にあった旱魃の際,南部乾燥地の住民がマダガスカル全土へ移動した歴史的背景と関係がありそうで,住民の言う「新しい住民」とは,移動にしてきたアンタンルイ族などの南部住民だと考えられます.人の移動にあわせて生活様式も移動し、行き着いた先で起きた生活の問題に,自分たちの生活様式を応用して対処したと推察されます.今回の例は,残念ながらバオバブの伐採法が本来とは違う目的に使われたわけで,各地で同様のことが起こる懸念があります。

また最近,過伐採により板材として利用できる太さのファンツィウルチャがRanomainty村周辺から少なくなり,一部でアルオウディア アスケンデンスが利用され始めているとの報告がありました。両種は同所的に分布する同属の植物ですが,心材の構造が大きく違い,アスケンデンスはやや硬い材の部分はあっても中心部は柔らかい柔組織の髄で,丸太状の材は得られません.[写真10]したがって従来は,枝先の枯れた部分によく見られるミツバチの巣から蜂蜜を採るために伐採される程度でした.しかし,十分に成長したファンツィウルチャの不足で,年数のたったアスケンデンスのかなり厚い材の部分を髄の柔組織を除いて製材し,代用として使い始めているのです.この利用の流れが森林資源の枯渇につながることが強く懸念されます.

写真10:
心材が柔組織であるアスケンデンス
写真10

日本では巨樹といえば崇高なイメージがあり,マダガスカルを象徴する巨樹バオバブの全てが崇敬されているかのように紹介されることがあります.そして,確かに聖なる木と崇められるバオバブも見られます.一方,利用や伐採の現状を見たとき,むしろ住民の生活にとって必要な森の恵みの一つとして本当に身近な木であり,それゆえに受難の憂き目を見る羽目になることを痛切に感じるのです.

参考文献
湯浅浩史.2000.マダガスカル島アンタンドロイ族の薬用植物.進化生物学研究所研究報告9.219p‐246p
橋詰二三夫.2006.マダガスカル主要観光地,ムルンダバの「バオバブ並木」周辺におけるバオバブの本数調査および保全に関する問題点.進化生物研究第12号.73p‐78p

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