蟹江 康光 (三浦半島活断層調査会)
はじめに
マダガスカルでは、日本列島のような密に分布する活断層は、これまでほとんど知られていなかった。しかし、旅行と地質調査を繰り返すうち、ゴンドワナ大陸由来の安定した地塊からなると思われていたマダガスカルでも、活断層と考えられる新期の火山活動を含む活構造が各所にあることも判明し、住民の生活に大きな影響を与えていることが明らかになってきた。すなわち「ジオハザード(大規模な地球物理的な活動によって人間がこうむる災害)」である。
アラウチャ(Alaotra)湖は、アンタナナリヴ(Antananarivo)の北東約100km に位置する、マダガスカル最大の湖である。直接結ぶ交通路はないので、東方116kmのムラマンガ(Moramanga)まで移動してから北上し、133km離れたヴヒディアラ(Vohidiala)に至る。道はここから、湖はさらにその北にあり、北東のアンバトゥンドゥラザカ(Anbatondrazaka)と北西のムララヌ・クロム(Morarano Chrome)を経由して、アンパラファラヴラ(Amparafaravola)へ分かれて延びる。両道は、いずれも北上して湖を取り囲み、湖の北端で合流する(口絵2右上)。湖は南南西―北北東の軸の長さが110km、幅50km、水深は減水期には1mもない。河川から運ばれる流入泥で、年々浅くなっている。湖周辺はマダガスカル最大の米作地帯で、ティラピアなど淡水漁業も盛んであるので、流入泥は農水産業に大きな影響を与えている。
一方では、客貨物の輸送にも問題があった。ムラマンガとアンバトゥンドゥラザカの間には、当時の国鉄MLA線が走っている。MLAは、ムラマンガとアラウチャ湖の頭文字をとった名称である。私が2001年この路線で列車旅行をした時には、線路の切り割りに生々しい崖崩れの跡がいたるところに見られた。列車は徐行運転を繰り返し、142km を5時間以上かけて走った。当時は、雨季で道路通行が不可能になるので、鉄道は重要な生活路線であった。翌年から鉄道の運行は休止され、マダレールによって再開されたのは、2010年であった。このころには雨季でも通行可能な道路も整備されるようになり、湖西方のクロム鉱山から鉱石が鉄道で輸送されるようになっていた(蟹江康光・蟹江由紀,2013)。
アラウチャ湖の東西両側は、標高約1000m以上の山地に挟まれ、湖付近は地溝帯地形とされる(Brenon, 1956)。地溝はグラーベンやリフトヴァレーとも呼ばれ、いずれも「溝」を意味する。その名のとおり、細長く落ち込んだゾーンである。アンカイ―アラウチャ地溝帯と呼ばれるこの南北の溝は、もともと pit meridian of Ankay-Alaotra(アンカイ―アラウチャ南北陥没帯)と呼ばれるほどの規模であったが、現在のような地溝帯に拡大した。
衛星写真を用いた研究によると、アラウチャ湖面積の減少は、大雨などの自然災害で周囲山地が浸食され、土砂が流入したことが原因とされた(Bakoariniaina et al., 2006)。これらの報告をふまえて、ヴォランティアらが山地植林を行って土砂の流出を防ぐ必要性が叫ばれていた。
マダガスカルの大地溝帯は、アフリカ―ソマリア・プレートとインド・プレートの境界延長とされる(Kusky et al., 2007)。2008年にアンタナナリヴ大学理学部で開催されたゴンドワナ・シンポジウムでもポスター発表(Ratsimbazafy et al., 2008)があり、エクスカーションで現地観察できた(蟹江康光・蟹江由紀,2009)。Kusky et al.(2010)は、この地溝帯をアラウチャ地溝帯と呼び替え、活構造であると報告した。一方で、アンツィラベ(Antsirabe)西やアンツィラナナ(Antsiranana)の地溝帯に分布する新生代後期から第四紀に噴火した火山群は、マントル起源の噴出物とされる化学組成から、ゴンドワナ大陸が分裂した後の259万年前(新第三紀と第四紀の境界年代)に活動を始めた。これも、アラウチャ地溝帯の活構造の形成に現在までの時代に関係したものであろう(Bardintzeffet al., 2010)。マダガスカル語でラヌ・マファナと呼ばれる温泉も、この地溝帯の中に湧出している。
地質
マダガスカル中東部には、古い地層や岩石が分布する。もっとも古い岩石は、約31億~約25億年前(原生代)のアントゥンジル(Antongil)岩塊で、緑色片岩や角閃片岩などの変成岩類からなり、北東海岸を取り巻くアントゥンジル湾やアラウチャ湖西方のブリーヴィル(Brieville)などに分布(Collings, 2000)する(図1,口絵2-1)。地球が生まれた年代は46億年前であるから、アントゥンジル岩塊が、いかに古いかを理解できよう。このように古い地質は、日本列島にもちろん存在しない。これより新しい地層として、約25億~約18億年前(始生代前期)の堆積岩類はイトゥレム(Itremo)層群あるいはイトゥレム・シート(Cox et al., 1998)と呼ばれ、これは中央高地の中・南部などに分布する(図2)。この地質ができたのも、日本列島に存在しない古い古い時代のことである。
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図1: マダガスカル最古(約31億~約25億年前,原生代)のアントゥンジル岩塊の分布.北東海岸を取り巻くアントゥンジル湾やアラウチャ西方の中―東域に分布している.(Collings, 2000,Fig. 1を転載).原図に「イトゥレムシート」と「アントゥンジル岩塊」を加筆. |
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図2: 約25億~18億年前(始生代前期)のイトゥレム層群の分布.中央高地の中-南部に拡がる.(Cox et al., 1998, Fig. 1を転載).原図に「イトゥレム層群」を加筆.)
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アラウチャ地溝帯
Kusky et al.(2010)によるアラウチャ地溝帯は、アラウチャ湖集水域と南のマングル(Mangoro)流域を含む低地帯で、南南西から北北東へと延びている。東はアンダシベ(Andasibe)近辺にまで及んでいる。Kusky et al.は、アラウチャ地溝帯の中で、南北系正断層群の分布を人工衛星画像から判読している(図3)。一方、ガリ(雨裂)地形は、断層に沿って密に分布していることを判読できる。断層付近にはマグニチュード4.5以下の地震が発生していることも報告されている(Kusky et al., 2010,Fig. 16;図4)。
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図3: アラウチャ地溝帯における南北方向の密な正断層群の分布を読める.断層線横に書かれた短小線は正断層の沈降側.(Kusky et al., 2010, Fig. 8を転載) |
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図4: ガリ地形の分布と断層.ガリは断層に沿って分布していることを判読できる.(Kusky et al., 2010,Fig. 16を転載)
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著者は、2008年のゴンドワナ・シンポジウムのエクスカーションに参加し、この地域に関するさまざまな知見を得た。ムラマンガ手前の下り坂道のマングル川を眺める露頭では、一見火山灰層のような白色細粒堆積物が破砕帯粘土(断層面に沿って岩石が細破されて粘土状になったこと)であるとの説明を受けた。次にムラマンガから北上してアンブヒマナ(Ambohimana)峠付近で、マダガスカル語でラヴァカ(lavaka)と呼ばれているガリ(雨裂)地形が多いことに驚かされた(口絵2-2)。移動の車中からの観察によると、アラウチャ湖西方のムララヌ・クロム付近では、ガリの分布に方向性がある(口絵2-3)。それに沿う湖の水深は、ガリ地形からの流入泥のため浅かったが、群生した水草のために淡水魚が豊富なことは理解できた。アンバトゥンドゥラザカでは、農村家屋の背後に必ずと言えるほどガリ地形を望めた(口絵2-4)。水辺に群生するカヤツリグサ科の植物は、淡水魚に住みかを提供していることを、理解できた(口絵2-5)。
上記の白色細粒堆積物は、インド洋に面する直線的な東海岸線と併行して数帯が分布していることも観察できた。東海岸線の方向は、アラウチャ地溝帯と併行的である。
まとめに代えて
1. アラウチャ湖の西方やムラマンガなどに、マダガスカル最古の原生代の岩石が分布する。
2. 南北に細長いアラウチャ湖は地溝帯に位置する。
3. アラウチャ湖には、南北方向に分布する正断層群が密に分布する。
4. これら正断層群に沿って、ガリ地形が密に分布している。
5. ガリ地形は、住民の生活基盤や交通路に大きな影響を与えており、時には災害(ジオハザード)をもたらしている。
6. 一方で、アンツィラベ西やアンツィラナナの地溝帯に分布する火山群は、マントル起源の噴出物とされる化学組成から、ゴンドワナ大陸分裂に関係したものとされている。ここでは、付記するに留める。
引用文献
Bakoariniaina, L.N., Kusky, T.M. and Raharimahefa, T., 2006. Disappearing Lake Alaotra: monitoring catastrophic erosion, waterway silting, and land degradation hazards in Madagascar using Landsat imagery. Journal of African Earth Sciences, 44, 241-252.
Bardintzeffet, J.-M., Liégeois, J.-P. and Bonin B., Bellon, H and Rasamimanan, G., 2010. Madagascar volcanic provinces linked to the Gondwana break-up: Geochemical and isotopic evidences for contrasting mantle sources. Gondwana Research, 18, 295-314.
Brenon, P., 1956. La Graben du Lac Alaotra, Madagascar. Scientific Council for Africa, South of the Sahara, 107-115.
Collins, A. S., 2000. The Tectonic Evolution of Madagascar: Its Place in the East African Orogen. Gondwana Research, 3, 549-552.
Cox, R., Richard, A., Armstrong, A. and Ashwal, L. D., 1998. Sedimentology, geochronology and provenance of the Proterozoic Itremo Group, central Madagascar, and implications for pre-Gondwana palaeogeography. Jour. Geol. Soc. London, 155, 1009-1024.
蟹江康光・蟹江由紀,2009 . マダガスカルの地質調査35年間 -2008年に初めて開催されたゴンドワナ・シンポジウムに参加して-.SERASERA, 20, 9-13.
蟹江康光・蟹江由紀,2013. 鉱物資源 ★レアメタルと宝石鉱物★.281-285. 飯田 卓・深澤秀夫・森山 工 編,マダガスカルを知るための62章.352ページ. 明石書店.
Kusky, T. M., Toraman, E. and Raharimahefa, T., 2007. The Great Rift Valley of Madagascar: An extension of the Africa-Somali diffusive plate boundary- Gondwana Research, 11, 577-579.
Kusky, T. M., Toraman E., Raharimahefa, T., and Rasoazanamparany, C., 2010. Active tectonics of the Alaotra-Ankay Graben System, Madagascar: Possible extensionof Somalian-African diffusive plate boundary- Gondwana Research, 18, 274-294.
Laville, E., Pique, A., Plaziat, J-C., Gioan, P., Rakotomalala, R., Ravololonirina, Y. et Tidahy, E., 1998. Le fosse meridian d'Ankay-Alaotra, temoin d'une extension crustale recente et actuelle a Madagascar. Bull. Soc. Geol. France, 169, 775-788.
Ratsimbazafy, T., Randriamandimby, A., Rakotoarimanana, R. and Ranoeliarivao, S. 2008. Suivi de I'evolution des sois nus aux alentours du Lac Alaotra et sa liaison avec I'ensablement du lac. Symposium national, 18. Fac. Sci. Univ. d'Antananarivo.
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