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「ベレンティ保護区のワオキツネザル研究」

市野 進一郎 (京都大学アフリカ地域研究資料センター)

はじめに

 マダガスカルのベレンティ(Berenty)保護区では日本隊によるワオキツネザルの長期継続調査がおこなわれている。この継続調査は1989年に京都大学アフリカ地域研究センター(現アフリカ地域研究資料センター)の小山直樹教授(現在、名誉教授)によって始められた。ベレンティ保護区の中に面積14.2haの主調査地域を設定して、その地域内に生息するすべてのワオキツネザルを識別し、個体の誕生、消失・死亡、移籍、などを毎年、記録し続けてきた。小山先生による最初の10年間の調査結果は複数の論文にまとめられるとともに、2000年4月1日に京都で開催された第3回マダガスカル研究懇談会大会での講演「ワオキツネザルの生活と社会」でも紹介された(小山、2000)。

 その後、この継続調査は小山先生の指導学生であった3名(宮本、市野、相馬)に引き継がれ、続けられてきた。今年(2014年)は継続調査が開始してからちょうど四半世紀(25年)目にあたる。本稿では、長期継続調査によってワオキツネザルの何が明らかになったのか、その概要を紹介したい。


ワオキツネザルとは

 調査対象であるワオキツネザル(Lemur catta)は、体重2~3kgの昼行性原猿(キツネザル科)である。マダガスカルの原猿類はキツネザル(レムール)と総称され、夜行性で単独生活する種から昼行性で群れ生活する種まで、非常に多様である。キツネザルの種数は1990年代後半には33種とされていたが、近年では100種以上に分類されている。ワオキツネザルは10~15頭程度の母系複雄複雌群(複数のオトナオス、複数のオトナメス、および未成熟個体から構成され、メスが生まれた群れに留まり、オスが性成熟に達する頃に群れを移出する集団)で生活している。その群れサイズはキツネザルの中で最も大きい。そのため、特に複雑な社会構造を持っていると考えられ、主要な調査対象となってきた。日本の動物園でもよく見られる種だが、近年IUCN(国際自然保護連合)の保全ステータスが絶滅危惧種に引き上げられた。これはワオキツネザルの生息する南部や南西部の森林消失が著しく進行しているためである。


ベレンティ保護区

 ベレンティ保護区はマダガスカル南東部に位置している。マダガスカルの首都アンタナナリヴ(Antananarivo)から南東端の町フォール・ドーファン(Fort Dauphin)まで飛行機で約1時間、そこから車で約3時間かけてベレンティ保護区に到着する。

 ベレンティ保護区はフランス人のジャン・ドゥ・オルム(Jean de Haulme)さんが所有する私設の保護区で、この地域で最大の河川であるマンジャレ(Mandrare)川流域の半落葉川辺林である。面積は約250haと小規模な森林だが、現在残されたマダガスカル南部の川辺林で最大の面積であるらしい。

 ベレンティ保護区では、1963年以降、アリソン・ジョリー(Alison Jolly)博士など欧米の研究者がすでにキツネザルの研究をおこなっていた。小山隊による研究がそれらの先行研究と異なるのは、個体を識別してそれを長期間にわたり継続するという手法をとった点である。欧米の研究者もキツネザルの社会行動や生態を記録する際には個体を識別しているが、それを長期間にわたり継続するという意識は薄かったようだ。こうして蓄積されてきた研究データの優れた点は、特定の個体を生涯にわたって追跡した縦断的データであることである。


① ワオキツネザルの寿命

 長期継続調査でなければ分からない情報のひとつに、生息地における寿命がある。飼育下での寿命は生息地よりもかなり長い場合が多く、実際の寿命を推定するには生息地における長期調査が必要である。小山(2000)では、ワオキツネザルの寿命について触れているが、その時点で言えたことは、「少なくとも13歳までは生き延びる個体がいる」ということだった。

 これまでの継続調査によって、ベレンティ保護区のワオキツネザルのメスの寿命が推定できるようになった。調査個体群で最も長生きしたメスは20歳だった。屋久島の野生ニホンザルの最長寿命は17歳であり(Takahata et al. 1998)、それよりも長い。一方、平均寿命は4.9歳(n=77)とかなり短かった。これは幼児死亡率が非常に高いことを反映しているようだ。

 生存曲線を描くと、最初の年に大きく下がり、その後は緩やかに下降するという形になる。この形はラヌマファナ(Ranomafana)国立公園のミルンエドワーズシファカの生存曲線(Pochron et al. 2004)に近く、屋久島のニホンザルの生存曲線(Takahata et al. 1998)とは異なっていた。


② ワオキツネザルの繁殖

 ワオキツネザルの繁殖パラメータについては、小山先生が10年間のデータをまとめている(Koyama et al. 2001)。主な結果は以下のとおりである。①産子数は通常1頭で、②出産間隔はほとんど(92.2%)1年、③9月に出産のピークがあり、④初産年齢はほとんど2~4歳である。

 その一方で、分かっていなかったことは、老齢メスの繁殖に関することである。多くの哺乳類のメスでは、加齢とともに繁殖力が落ちることが知られている。特に、ヒトやいくつかのイルカ類には閉経がみられる。

 これまでの継続調査によって、以下のようなことがわかってきた。ワオキツネザルの死亡率は10歳頃から高くなり、12歳以降にとても高くなった。そのため、12歳以降を老齢期とみなして出産率をまとめると72.0%となり、4歳から11歳までのメスの出産率(80.2%)よりはやや低いが、統計的な有意差はみられなかった。17歳で出産したメスも記録されており、多くのメスは死亡するまで繁殖を続けるようだ。

 このため長生きしたメスほど生涯に生んだ子供の数が多い傾向があり、最も多くの子供を生んだメスは生涯に13頭を生んだ。


③ ワオキツネザルのオスの移籍

 ワオキツネザル社会は母系社会であり、オスは性成熟に達する頃に自分の生まれた群れから他の群れに移籍することがわかっている。その後も移籍を繰り返すことから、主調査地域の外に移動する可能性のあるオスを生涯にわたって追跡することはメスの場合よりも難しい。しかし、長期調査によって少しずつオスの生活史についての情報も蓄積されてきた。

 オスの移籍についても、10年間の結果を小山先生がまとめており、オスが群れを移出する年齢(2~4歳)や平均滞在年数(約3年)が示されている(Koyama et al. 2002)。

 これまでの継続調査によって、ワオキツネザルのオスについてさらに詳細な情報が明らかになってきた。例えば、加入オスの滞在年数はこれまでの想定よりも長く、11年間同じ群れに滞在したオスもいた。また、オスは2頭以上で移籍することが多く、移籍先は近隣の群れが多かった。以上のことから、ベレンティ保護区のワオキツネザルのオスは空間的にはあまり広い範囲に分散していないことが示唆されている。


④ ワオキツネザルの個体群動態

 個体群動態を研究する際には、必ずしも正確な個体識別は必要ではない。実際に、アリソン・ジョリー博士はベレンティ保護区全体に生息するワオキツネザルの個体数を、群れごとに何頭のオス、メス、未成熟個体がいるか数えることで推定した(Jolly et al. 2002)。ただし、そうした手法では、全体の個体数が減っている、増えているといった情報や群れサイズや性比に変化があったかといったことは分かるが、移籍の影響や繁殖パラメータの変化など詳細な情報を得ることができない。

 個体群動態についてもすでに小山先生が詳細な情報を報告している(Koyama et al. 2002)。ただし、小山先生が報告した10年間(1989年から1999年の間)は個体数が増加する時期で、その結果は増加個体群の特徴を示しているといえる。

 一方で、主調査地域では2006年を個体数のピークとして、急激な個体数の減少が観察された。この個体数減少の原因とパラメータの変化については分析中であるが、特徴的だったのが、出産率は比較的安定して高い値だったのに対して、幼児死亡率の変動が著しかったことである。例えば、2009年に主調査地域で生まれた24頭は全個体が1年以内に死亡している。高い幼児死亡率を引き起こすような環境変化が起きたことが示唆されている。


⑤ ワオキツネザルの社会動態

 ワオキツネザルのように群れで生活する動物では、個体群動態は社会動態と関連づけて理解する必要がある。継続調査を続ける間に主調査地域では、さまざまな社会変動が起きた。 個体群の拡大期には群れが分裂して、群れの数が増えたが、その分裂過程は他の霊長類と異なっていた。すなわち、ターゲット攻撃(Targeting aggression)と呼ばれる行動が観察された。これは、1頭から数頭の個体が特定の1、2頭を執拗に追跡、攻撃する現象で、群れサイズが大きくなると、主に血縁関係にないメスの間で起きた。この攻撃によってメスが群れから追い出された結果、群れの分裂が起きていた。群れから追い出されたメスは、当初どこにも特定の行動域をもっていないため、他の群れの行動域の一部、もしくはすべてを奪い取ることで新たな行動域を確立していた。

 長期に蓄積されたデータを使って、ドイツ霊長類センター(ゲッティンゲン市)の研究グループと共同研究をおこなった。群れサイズ等の要因が出産率、幼児生存率、メスの追い出しの有無に影響を与えるかを調べた。その結果、群れサイズは出産と幼児生存に正の影響、すなわち大きい群れのほうが小さい群れよりも繁殖成績が良くなりやすいという結果が出た。また、メスの追い出しは群れサイズではなく、オトナメスの数によって正の影響を受けていた。すなわち、メスの数が多いと追い出しが起きやすかった。

 以上の結果は、ドイツ霊長類センターのグループが研究しているキリンディ(Kirindy)保護区のチャイロキツネザルの結果とは異なる結果だった。おそらくベレンティ保護区のように群れが高密度で生息する場所では、群れ内の競合よりも群れ間の競合が相対的に強く、小さい群れは繁殖の不利益を被るのだと考えられる。


⑥ ワオキツネザルの遺伝学的研究

 1997年から麻酔薬を使ってワオキツネザルを捕獲する調査もおこなわれてきた。主調査地域に生息する全個体の捕獲を目指す大規模調査は1999年、2006年、2011年におこなわれた。

 その主な目的は身体計測と遺伝的試料の採取である。遺伝的試料については、上記の年以外にも少数の捕獲や捕獲によらない非侵襲的手法での採取がおこなわれてきた。これによって1999年以降に主調査地域で生まれた個体および他の地域から移籍してきた個体について、かなりの数の遺伝的試料が集まった。

 この試料採取の目的は、①父子判定によってオスの繁殖戦略を理解すること、②個体群の遺伝的多様性を評価することである。遺伝学実験によって、マイクラサテライトという領域の遺伝子型を個体ごとに決めている。これまでに1997年から2000年までに採取された試料150個体分の遺伝子型を決める作業が終わった。今後は2001年以降に採取された試料の分析と集団遺伝学的解析をすすめる予定である。



引用文献
Jolly A, Dobson A, Rasamimanana HM, Walker J, O'Connor S, Solberg M, Perel V (2002). Demography of Lemur catta at Berenty reserve, Madagascar: Effects of troop size, habitat and rainfall. International Journal of Primatology 23: 327-353.
小山直樹(2000)「ワオキツネザルの生活と社会」『マダガスカル研究懇談会ニュースレターSerasera』3: 1-2.
Koyama N, Nakamichi M, Ichino S, Takahata Y (2002). Population and social dynamics changes in ring-tailed lemur troops at Berenty, Madagascar between 1989 - 1999. Primates 43: 291-314.
Koyama N, Nakamichi M, Oda R, Miyamoto N, Ichino S, Takahata Y (2001). A ten-year summary of reproductive parameters for ring-tailed lemurs at Berenty, Madagascar. Primates 42: 1-14.
Pochron ST, Tucker WT, Wright PC (2004). Demography, life history, and social structure in Propithecus diadema edwardsi from 1986-2000 in Ranomafana national park, Madagascar. American Journal of Physical Anthropology 125: 61-72.
Takahata Y, Suzuki S, Agetsuma N, Okayasu N, Sugiura H, Takahashi H, Yamagiwa J, Izawa K, Furuichi T, Hill DA, Maruhashi T, Saito C, Saito S, Sprague DS (1998). Reproduction of wild Japanese macaque females of Yakushima and Kinkazan Islands: a preliminary report. Primates 39: 339-34

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