Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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シンポジウム マダガスカル発祥のSRI農法 SRI農法の成立とマダガスカルの在来稲作

辻本 泰弘 (国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター)


マダガスカル稲作の課題

マダガスカルは、地理的にはアフリカ地域に分類されるものの、こと農業生産に限ると、古くからアジアイネ[1]が栽培され、国土のほぼ全域に広がる水田風景は、アジアモンスーン地域に近い印象を受ける(写真1)。また、マダガスカルは181万ヘクタールのイネ作付面積を有し、国民1人当たりの白米消費量が年間100キログラムを超える(日本の2倍以上)コメ消費大国である(GRiSP, 2013)。その一方で、同国のコメ生産量は、これまで作付面積の拡大に依存しており、単位面積当たりの生産性、すなわちイネの収量は停滞を続けてきた。その要因として、島の大部分がゴンドワナ大陸起源の古い母材から成立した貧栄養な土壌条件にあることや、アジアの国々が軒並みにイネ収量を向上させた「緑の革命」のような農薬や肥料の投入、多収品種の作付け、もしくは機械化などに代表される多収技術の導入が立ち遅れていることが挙げられる。


写真5

写真1:
Centre ValBioの施設


しかしながら、森林保護政策の強化や水田に適した低地の農業利用の飽和にともない、更なる農地面積の拡大が年々難しくなってきている。こうした土地の制約は、東部森林地域における焼畑休閑年数の短縮や換金作物であるコーヒーや果樹園の水田化、もしくは、中央高地における常畑での陸稲栽培の普及など、主食であるコメの生産を確保するための新たな土地利用にも如実に現れている(写真2)。また、森林保全は、この国が保有する世界に稀な豊かな生態系を守るという観点のみならず、実は、安定的な農業生産にとっても重要な課題と考えられる。それは、森林を保護することにより、その水源涵養作用、すなわち、多雨時には水を蓄え、渇水時には少しずつ水を供給するという機能が働き、下流域に広がる農地への安定的な水供給、さらには作物の安定生産に繋がるからである(写真3)。このような背景の中で、増え続ける人口に見合う主食のコメ生産を拡大していくため、既存の低地水田におけるイネ収量の増加が、より強く求められるようになっている。


写真2

写真2:
主食のコメ生産を確保するための新たな土地利用
果樹・コーヒー園の棚田化(上)
常畑での陸稲栽培 (下、トウモロコシやダイズと混作している)



写真3

写真3:
マダガスカル中央高地にみられるはげ山の様子
森林伐採が進むと水源涵養機能が低下し、また、下写真のようなガリー侵食もみられる


マダガスカルで開発された水稲の多収栽培技術SRI

今回のシンポジウムのテーマである「SRI(System of Rice Intensification)」は、まさに、マダガスカルのイネ生産の現状を背景に着目されてきた水稲の多収技術といえる。SRIは、1961年から1995年に亡くなるまでの34年間、マダガスカルでの農業開発に従事したアンリ・ドゥ・ローラニエ(Henri de Lauranie)神父が中心となり、農民学校における失敗と工夫の中で開発されてきた技術パッケージである。その技術要素として、(1)1株1本植の疎植(標準で㎡当り16株以下)、(2)乳苗(育苗日数8~12日)の浅植え、(3)入念な除草、(4)幼穂分化期までの間断灌漑とその後の浅水管理、(5)堆肥投入、が挙げられる(写真4)。1994年に、コーネル大学のノーマン・アップホフ(Norman Uphoff)博士らがこの技術に着目し、SRIを導入することで、「種子コストや灌漑水を節約しながら大幅な収量増加が可能である」、と宣伝して、国内外でその名前が広がるきっかけとなった。その一方で、SRIの技術効果や多収事例の報告に対して、懐疑的な意見も多く出され、いわゆるSRIの‘推進派’と‘懐疑派’とに分かれた議論の様子は、著名な科学誌であるNatureにも取り上げられたほどである(Surridge, 2004)。


写真4

写真4:
マダガスカルにおけるSRI農家の実践技術の様子
多量の堆肥投入(上)
手作業による入念な除草(下)


写真4

写真4:
マダガスカルにおけるSRI農家の実践技術の様子(続き)
乳苗を苗床から丁寧に移植(上)
幼穂分化期までの間断灌漑(下)


こうした議論を巻き起こしているSRIについて、報告されたような多収が実際に得られているのか、また、多収の要因はどのような点にあるのか、という疑問に答えるべく、2004年から調査を開始したのが、筆者がマダガスカルに縁をもつきっかけであった。紙面の関係上、その詳細は割愛するが、筆者らがマダガスカルでSRIを実践する農家の栽培法をつぶさに観察したところ、彼らの技術は、戦後、食料難の時代に日本で実施された「米作日本一表彰事業」の受賞者の水稲栽培法と多くの点で類似することが分かってきた(Tsujimoto et al, 2009)。実際に、マダガスカルのSRI実践農家の中には、化学肥料を用いずに、同国のイネの平均収量の4倍にあたるヘクタール当たり10トンもの籾収量を実現している農家が観察された。これらの多収農家に共通にみられ、また多収の最も重要な基盤技術は、「深耕と有機物の長期連用による肥沃な土づくりと、蓄積された有機物の無機化を促進してイネに必要な養分を供給する排水に注視した細やかな水管理」に、大まかに要約されると考えている。筆者らのマダガスカルでのSRIの調査の様子やSRIの個別技術がイネの生産性に及ぼす効果に関する考察については、「稲作革命SRI-第3章マダガスカルのSRI」(辻本、2011)などを参照されたい。

このように、SRIの導入によりイネの多収を実現している農家がいる一方で、マダガスカルにおける同技術の普及は、実はあまり進んでいない。その背景には、冒頭に述べたように、限られた地形条件を除き貧栄養な土壌条件が広くみられることや、きめ細やかな水管理を可能にする灌漑排水施設などの基盤整備が立ち遅れていることが挙げられる。このような貧弱な生産基盤において、単に、SRIの技術要素である「乳苗の疎植」などを実践しても、移植時に極小の苗が水没したり、もしくは、多収に必要な穂数が十分に確保されなかったりするなど、むしろイネ収量にとって負の影響が出るリスクが推察される。確実なリターン(収量)が望めない圃場環境では、いくら奨励しても、集約的な労働と有機資材の投資を必要とするSRIが受け入れられることは難しいであろう。SRIの実践農家の中には、導入当時、移植直後の乳苗が流される、もしくは水没するなどで何度も移植を繰り返した、という経験を語る方もいた。その都度、田面の均平化や水管理の技術を磨いてきたという。この点では、SRIの実践農家が多収に至る過程で経験した失敗例や成功例を科学的に評価して、より普及しやすい技術へと改善していくことも、SRIを利用したマダガスカルのイネ増収の一つのアプローチと考えられる。

マダガスカルにおけるイネ増収を実現するには、栽培技術のみならず、灌漑排水施設などの基盤整備、さらには、マダガスカル各地の栽培環境に適した品種開発や種子生産システムの強

化など、様々な点で改良の余地がある。楽観的に捉えると、マダガスカルのイネ生産には、まだまだ伸び代が大きいといえる。SRIは、マダガスカルのイネ増収に向けた一つの取り組みであり、必ずしも全ての圃場環境に即した技術ではない。しかし、そこにみられる細やかな栽培技術を実践する熱心な農家が点在している事実は、今後のマダガスカル稲作にとって好適な材料ではないだろうか。また、一栽培学者として、同国のイネ生産の改善に多少なりとも貢献できればと考えている。


  • [1]^ イネ属の栽培種は、世界で広く栽培されるアジアイネ(Oryza sativa)と、アフリカイネ(Oryza glaberrima)の2種が知られる。

  • 【引用文献】

    GRiSP (Global Rice Science Partnership) (2013)Rice almanac, 4th edition. Los Banos (Philippines): International Rice Research Institute. pp179-182.
    Surridge, C.(2004)Rice cultivation: Feast or famine? Nature, 428: 360-361.
    Tsujimoto, Y, Horie T, Randriamihary H, Shiraiwa T, Homma K.(2009)Soil management: The key factors for higher productivity in the fields utilizing the system of rice intensification (SRI) in the central highland of Madagascar. Agricultural Systems 100, 61-71.
    辻本(2011)第3章マダガスカルのSRI、『稲作革命SRI』(J-SRI研究会編)、日本経済新聞社、pp. 59-75.

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