Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「マダガスカルの森を育むチャイロキツネザル」

佐藤 宏樹 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

1.森を育む動物:なぜチャイロキツネザルなのか?

 マダガスカル西部は雨季と乾季が明瞭で、乾季には落葉する熱帯乾燥林が広がっている。熱帯乾燥林を保全する最も大きな保護区の一つが、同国北西部に位置するアンカラファンツィカ(Ankarafantsika)国立公園であり、京都大学を中心とする日本の調査隊が30年にわたり生物学研究を行っている。僕は2005年以降、この調査隊にお世話になりながら、チャイロキツネザル(キツネザル科:Eulemur fulvus; 写真1)による種子散布について研究をしてきた。種子散布とは、自ら動けない植物が風や動物を使って、子ども(種子)を生存・成長に有利な場所へと撒く現象をいう。熱帯林では多くの植物が種子の周りにおいしい果肉をつけて動物に種子ごと飲み込ませ、移動先で糞として排泄してもらうことで種子を撒いている(Howe & Smallwood 1982)。

 マダガスカルは白亜紀後期から孤島として隔離してきたため、恐竜の絶滅後に大陸で進化した鳥類や哺乳類の多くがマダガスカルに到達しなかった。果実食動物に限ると、飛翔能力のあるハト科、ヒヨドリ科、オオコウモリ科に加え、1度だけマダガスカルに漂着したキツネザル類の祖先から果実食ニッチへと適応放散したコビトキツネザル科とキツネザル科の5科だけが主な種子散布者となる(Fleming et al. 1987; Bollen et al. 2004)。大陸ではゾウやバク、類人猿やサイチョウなどの大型果実食動物が、散布する種子の量や散布する空間的な広がりなどの面で高い種子散布機能で誇るが、マダガスカルの果実食動物はどれも小型で、体重1.5 kgを越えるのはキツネザル科だけである。アンカラファンツィカの森ではチャイロキツネザルが最大の果実食動物であり、その糞には生きたままの種子が多く含まれている。さらに、種子直径10 mm以上の種子を飲み込むことができるのは、この森ではチャイロキツネザルだけである。ちなみに、チャイロキツネザルよりも大きなコクレルシファカ(Propithecus coquereli)は葉や種子を食べるキツネザルで、発達した臼歯と消化管によって口にした種子を大きな臼歯で破壊し、発達した消化管で消化吸収する種子捕食者と位置付けられる。

 チャイロキツネザルによる種子散布を研究テーマに定めるまでの試行錯誤は本誌SERASERA19号のマダガスカル調査日誌「チャイロキツネザルの研究を振り返って」という記事で紹介している。あの記事から10年が経ち、マダガスカルの森を育むチャイロキツネザルの役割が少しずつわかってきた。そんなタイミングで今回、マダガスカル研究懇談会で講演させていただいた。このような貴重な機会を与えていただいた懇談会の世話役および事務局の皆さまに感謝いたします。本稿では講演内容をまとめながら紹介していきたい。


2.動物の目線で調べる:どのような能力があるのか?

 研究対象をチャイロキツネザルに定めたのち、まずは動物の目線で彼らの種子散布者としての能力を調べることにした。あらかじめ発信機付き首輪を装着していたキツネザルを森の中で探しだした後、1日中追跡しながら行動を記録し、移動ルートもGPSで記録していく。観察中に排泄された糞は、チャック付きポリ袋に入れてキャンプサイトに持ち帰って内容物を分析し、そこから得られる種子はプランターに植えて発芽させてみる。こうした調査を大学院時代の研究として1年間続けた。今思えば、キツネザルたちの生活をあんなに長く、近くでみられたのはあの頃だけだと思う。

 チャイロキツネザルの主食はやはり果実である(採食時間割合:70%)。彼らは70種もの植物の種子を散布しており、1つの糞にはだいたい2種6個の種子が含まれていた。アンカラファンツィカに生息するチャイロキツネザルの個体群密度と1日の排便回数を考慮すると、1日に1km2の範囲に9,854個もの種子を撒いていることになる(Sato 2012a)。これはアフリカの霊長類6種類や中南米の霊長類3種の合計散布量をも凌駕する(Chapman 1995; Poulsen et al. 2001)。

 チャイロキツネザルだけが飲み込む直径10mm以上の大型種子は、23種を糞分析で確認した。長さは最大46.6mm、直径は最大で21.8mmもの種子を飲み込む。頭骨幅比で僕たち日本人の青年のサイズに換算すると、軟式野球ボールB号を丸呑みにするぐらいの離れ業である。こうした大型種子の樹木はアンカラファンツィカの森に生育している胸高直径5 cm以上の樹木のうち、樹種の15%、個体数にして20%にあたる(Sato 2012a)。アンカラファンツィカの森からチャイロキツネザルがいなくなってしまったらどうなるのだろうか?マダガスカル西部のチャイロキツネザルが消失した森では、大型種子樹種の実生や稚樹が減っていると報告された(Ganzhorn et al. 1999)。

 植物種によってはチャイロキツネザルが種子を飲み込むことで発芽率や発芽速度が変わるケースがあった。マチン科Strychnos madagascariensisの果実(直径3-4 cm)は硬い外殻に覆われ、内部に甘い果肉と数個の大きな種子が入っている(写真2)。

チャイロキツネザルは外殻をかみ割って、中の種子を果肉ごと丸呑みにする。発芽実験では、糞から取り出した種子と果実から取り出して果肉を取り除いた種子、果肉と殻に覆われたままの種子をプランターにおいてみた。糞中種子も果肉を除いた種子も90%以上が発芽したのに対し、果肉に覆われたままの種子は全く発芽せず、果実とともに腐ってしまった(Sato 2012a)。小型果実食動物は硬い殻を開けることができない。森を歩いているとStrychnos madagascariensisの結実木の下には、果実が落ちて腐っているのをみかける。この植物はチャイロキツネザルなしでは発芽すらできないほど、彼らの種子散布サービスに依存しているのである。

 発芽率の改善は大型種子植物のシソ科Vitex beraviensis でも確認された。種子を覆っている果肉をチャイロキツネザルによって除去されると、発芽率が27%改善した(Sato 2012a)。この果実はチャイロキツネザルの食物の中で最もよく食べられる食物であり、種子が散布される頻度も圧倒的に多かった。Vitex beraviensisはあまり多くの植物が結実しない乾季に長期にわたって実をつける。チャイロキツネザルにとっては果実が不足する季節に空腹を満たしてくれるありがたい果実であり、Vitex beraviensisにとってのチャイロキツネザルは発芽率を改善しながら多くの種子も撒いてくれる唯一の散布者である。そのため、特にこの動物-植物間は助け合いの固い絆で結びついているといえる(Sato 2012a; Sato 2013)。

 チャイロキツネザルは母樹からどれぐらい遠くに種子を運ぶのだろうか? 彼らは1回の食事で飲み込んだ種子を1時間後に糞として排泄しはじめ、7時間後には排泄が終わることが動物園における実験で明らかになった(排泄のピークは3-5時間後:佐藤 2009)。アンカラファンツィカの森で、ある結実木で果実を食べてから1-7時間後(とくに3-5時間後)にいる地点までの直線距離がおおよその種子散布距離となる。チャイロキツネザルの移動パターンは季節によって大きく異なる。雨季は朝から夕方まで果樹をめぐって活発に移動を繰り返すため(平均移動距離:1,172 m)、種子散布距離は平均192 mと推定された(Sato, in press)。一方の乾季は飲み水がない状況で、昼間の気温が35℃を超える。体内水分の消耗を抑えながら体温の過剰な上昇を防ぐために、昼間は木陰でゆっくり休むしかない(Sato 2012b; 写真3)。

朝夕は地面に生えている多肉質の草を噛みしめて汁をなめ、わずかでも水分を補給する(Sato et al. 2014; 写真3)。こうした活動パターンが影響して日中の平均移動距離は469 mにとどまり、種子散布距離は85 mと推定された(Sato, in press)。アンカラファンツィカの森では季節によって結実する植物種が異なる。同じチャイロキツネザルに種子散布を頼る植物でも、雨季に結実するか乾季に結実するかによって、種子の空間的な広がり方が大きく異なると考えられる。

 また、200 mに満たない平均種子散布距離は、世界の熱帯林における主力種子散布者であるゾウやバク、類人猿などの大型哺乳類や、サイチョウやオオハシ、ヒクイドリなどの大型鳥類による数百mから数kmに及ぶ散布距離に比べると圧倒的に短い(佐藤 2014)。つまり、マダガスカルに生育する大型種子植物は種子散布を介した個体群の拡大や遺伝子流動の速度が遅いと予想される。マダガスカルでは環境破壊による森林の分断化が急速に進んでいるが、キツネザルでは隔てられた森林どうしを種子散布で結ぶことはできず、植物集団が隔離されてしまうのである。分断林の間をキツネザルが移動できるような緑の回廊で結ぶなど、マダガスカルの種子散布システムの脆弱性を補うような保全策を考えなければならない(Sato, in press)。


3.植物の目線で調べる:どのように役に立っているのか?

 動物目線の調査ではチャイロキツネザルの採食行動を観察することで、どの植物がよく種子散布されているかということがわかってきた。次はそうした植物の目線に立って、チャイロキツネザルが提供する種子散布サービスがどのように役に立っているのかを調べるべく、2013年以降に再びアンカラファンツィカの森に戻り、現在に至るまでこの研究を続けている。特に注目しているのは、乾季に3-4カ月間も結実する大型種子樹木のセンダン科Astrotrichilia asterotricha(写真4)と、雨季に2-3週間だけ結実する大型種子樹木のウルシ科Abrahamia deflexa(写真5)の2種である。どちらもアンカラファンツィカの森を構成するマダガスカル固有の高木種であり、その果実はそれぞれの季節でチャイロキツネザルの好物となっている。Astrotrichilia asterotrichaの果実は青リンゴ、Abrahamia deflexaの果実はイチゴのような色と香りがする。

 植物の目線で考えると、自身がつくる種子のうち、どれぐらいの量がチャイロキツネザルによって運ばれるのか?という疑問が出てくる。つまり、何個の種子を母樹がつくり、何個の種子が落ちて、何個の種子が運ばれるのかを調べなければならない。落ちてくる種子の調査では、母樹下に種子トラップと呼ばれる網を仕掛けて、落ちてくる種子を数えた。運ばれる種子の調査では、母樹の近くに迷彩柄のテントを張り、朝・昼・夕・夜の4シフトからなる24時間体制でテントにこもり、樹冠に訪れる動物の種類や個体数、果実の食べ方、食べた果実数を観察した。これは樹木定点観察という手法なのだが、本当に植物目線になることができる。鳥も小型キツネザルも果実をつつくのだが、種子を飲み込まない。ずっと待ち続けていると、ザァ…ザァ…と遠くから梢が揺れる音が近づいてくる。さらに「グフ…グフ…」と聞こえれば、待望のチャイロキツネザルのお出ましである。5-15個体の群れでやってきて、樹冠内を騒がしく果実を探しては飲み込んでいく(写真6)。しばらくすると、またザァ…ザァ…と遠くに消えていき、静寂に戻るのである。

 まだデータ解析が完了していないが、Astrotrichilia asterotrichaでは大きな木ほど繰り返して訪れる傾向があり、生産量に対し41-71%ほどの種子がチャイロキツネザルによって持ち去られたと推定される。一方のAbrahamia deflexaは木の大きさに関係なく結実木に訪れ、持ち去り率は7-17%と推定された。なぜこんなに2種で持ち去り率が違うのか?乾季は森林内に結実している果樹は少ないため、大きくて長期間結実する木に何度も繰り返して訪問するようになる。その結果、大きなAstrotrichilia asterotrichaの木で持ち去り率が高まったようである。一方の雨季は、多くの樹種が結実するため、チャイロキツネザルは活発に移動しながら遭遇する果樹で食べ歩いている状態である。3-4週間しか結実しないAbrahamia deflexaへは繰り返して訪問する回数が少なく、多くの種子が持ち去られずに地面に落ちてしまうのである。

 子ども(種子)をチャイロキツネザルに託した母樹の目線としては、運ばれた子どもが無事に生き残っていくかが心配になるだろう。植物が種子を散布する意義のひとつは、母樹からの逃避であるとされている。母樹下は多数の種子が落ちているため、種子や実生を食べるげっ歯類や昆虫にとっては絶好のえさ場になる。さらに病気も流行りやすい。そのため、母樹下は種子にとって極めて危険な環境だと想定されるのである(Howe & Smallwood 1982)。この逃避仮説を検証するために、母樹下、母樹から少し離れた20 m、母樹から遠く離れた100 mに種子を置き、種子や実生の生存・成長などの運命を見届ける実験を森林内で行った。両樹種とも種子は雨季に発芽し、芽生えた実生は乾季の乾燥に耐えて次の雨季にまた成長する。そのため、ここでは2回目の雨季の終わりの生存状況について報告する。Astrotrichilia asterotrichaの生存率は母樹下で0%、20 m地点で1%、100 m地点で1%であった。乾季に散布されて雨季まで地面で発芽を待つAstrotrichilia asterotrichaの種子は、乾燥や食害から種子内部を守るために分厚く硬い殻に覆われている。そのため、発芽時に使う栄養分が入った種子内部はとても小さい。そのため発芽しても実生は小さく(写真7)、どこに運ばれようが死にやすいのである。

一方、Abrahamia deflexaの生存率は母樹下で2%、20 m地点で11%、100 m地点で22%となり、母樹から離れるほど生存率が高くなった。雨季に散布されるAbrahamia deflexaの種子はすぐに発芽するために内部を守る外殻は発達していない。無防備な種子がたくさん落ちている母樹下ではネズミや虫が集まって一網打尽にされるが、一度発芽すると種子内部の豊富な栄養を使って大きくて丈夫な実生に急成長する(写真7)。そのため、遠くにまばらに運ばれた種子は天敵に見つからないうちに発芽して、生き延びるのである。チャイロキツネザルはAstrotrichilia asterotrichaに対しては散布の量で、Abrahamia deflexaは生存率の向上という点で役に立っている。チャイロキツネザルだけに種子散布を頼る植物であっても、頼り方が違うのである。こうしたキツネザルと植物の多様な関係がどのように森の構造に影響していくのだろうか?これまでサル、種子、実生…と興味が移り変わってきたが、最近は大きな樹を見上げながらそんなことを考えている。まだまだ、アンカラファンツィカの森に通い続ける必要がありそうである。

※ 大会での講演では「人の目線で調べる」という内容を最後に話しましたが、このトピックはまだ研究の初期段階であるため、本稿では割愛させていただきます。



参考文献
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Fleming TH, Breitwish R, Whitesides GH. 1987. Patterns of tropical vertebrate frugivore diversity. Annual Review of Ecology and Systematics 18: 91-109.
Ganzhorn JU, Fietz J, Rakotovao E, Schwab D, Zinner D. 1999. Lemurs and the regeneration of dry deciduous forest in Madagascar. Conservation Biology 13: 794-804.
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