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「マダガスカルにおける輸出向け裁縫産業とその労働者 産業構造変化の課題」

福西 隆弘 (アジア経済研究所)

はじめに

マダガスカルはサブサハラ・アフリカでは最大の衣料品の輸出国であり、2017年には欧米市場向けの輸出額が約5.4億ドルに達している(図1)。EU市場では21番目の輸出国であり、バングラデシュやカンボジアといったアジア諸国に比べると規模は小さいが、低所得間での競争が激しい産業において、2度の政治的な混乱や輸出市場の自由化などの影響を乗り越えて、20年以上にわたって成長を維持している。また、首都アンタナナリヴAntananarivoを中心に、輸出向け縫製産業で働く労働者は10万人近いと推定され、雇用という点でも重要な産業である。ただし、2009年の政変をきっかけに大量の失業者が生まれるなど、雇用の安定性に問題がみられる。

 このような背景から、本稿では、筆者らが行った企業調査をもとに、マダガスカルの縫製産業が持続的に成長している要因について整理する。また、INSTATとアンタナナリヴ大学が行った労働者調査も用いて大量失業の実態について明らかにし、労働者がどのような影響を受けたのかを示す。最後に、これらの検討に基づいて、縫製産業が今後も持続的に成長し、マダガスカルの産業構造に変化をもたらすための課題を示す。

図1
マダガスカルの衣料品輸出額(mil. $)

出所:UN Comtrad Databaseのアメリカ政府 EUの報告値(https://comtrade.un.org/)


1. マダガスカルの縫製企業の競争力

 マダガスカルにおける輸出向けの縫製産業が始まったのは1990年代半ばである。縫製産業とは、生地を裁断、縫製し、衣料品に仕立て上げる工程を担う産業であり、糸や生地を生産する(狭義の)繊維産業よりも労働集約的であるので、賃金の低い低所得国に立地する傾向がある。マダガスカルの縫製産業は、ヨーロッパ市場への輸出で先行したモーリシャスの企業が豊富な労働力を求めて進出してきたことに始まる。その後、2001年からアメリカ政府がアフリカ成長機会法(Africa Growth Opportunity Act: AGOA)にもとづく優遇アクセスをアフリカ諸国に提供し、欧米の2つの市場への輸出が成長した(図1)。AGOAを利用した衣料品輸出は、ケニアやレソトなど他のアフリカ諸国でも目覚ましい成長がみられた。

 AGOAはその一例であるが、多くのサブサハラ・アフリカ諸国の縫製産業は、アジアの輸出国よりも有利な条件で欧米市場に輸出することができる。優遇条件は主に3種類あり、1)輸入関税の減免、2)輸入枠の緩和、3)原産地規制の緩和、に分類できる(注1)。2007年まで続いた欧州連合(EU)との貿易に適用されたコトヌー協定では1と2が適用され、AGOAは3つの条件すべてが適用されていた(注2)。他方、アジアなど他の発展途上国は一部を除き優遇条件が与えられていなかったため、特にAGOAはアフリカの衣料品に強い優位性を与えることになった。その後、輸入枠については2005年に制度自体が撤廃され、中国などからの輸出量に制限がなくなった結果、多くのアフリカ諸国からの衣料品輸出は停滞した。つまり、アフリカ諸国は3つの優遇条件がそろわないと先進国市場で競争できなかったのである。他方で、マダガスカルは2005年以降も輸出が成長しており、2つの優遇条件でも競争できることを示した。近年では、EUはアフリカ以外の後発開発途上国にも関税免除と原産地規制の緩和を提供しているが、マダガスカルの輸出額は減少していない。

 筆者らが、マダガスカル、バングラデシュ、カンボジアで行った企業調査から、3か国の縫製産業の平均像は非常に類似していることが分かった。付加価値に占める賃金と利潤の割合はほとんど差がなく、コスト構造が近似している(Fukunishi 2014)。他方で、ケニア企業の平均コストはバングラデシュ企業の約2倍であった。マダガスカルとケニアの縫製企業の違いは、主に労働者の賃金であった。いずれの国でもバングラデシュより高いが、マダガスカルの賃金は比較的低く、また、賃金の差も生産性で補われていた。すなわち、マダガスカルの縫製企業は、アジアの低所得国に匹敵する生産性と他のアフリカ諸国よりも低い賃金が競争力の源泉であった。先行研究では、アフリカ諸国の製造業は生産性が低く比較優位がないとされてきたが、輸出向けの縫製産業については、必ずしもそうした指摘は当てはまらない。

 ただし、アジア諸国の輸出額と大きな差があるのも事実である。特に、2010年から2014年にAGOAの適用がアメリカ政府によって見送られた期間、アメリカ市場への輸出は大きく減少した(図1)。この時期は、アメリカ市場への輸出に際してマダガスカルの衣料品はアジア諸国と同じ条件にあったため、両者の競争力が同等ではないことを意味している。海上輸送のネットワークがアジアのように発達しておらず、高い輸送コストがかかることが原因である可能性が考えられる。


2. 縫製工場での労働

 マダガスカルの大規模家計調査1-2-3 サーベイによると、縫製企業が大半を占める輸出加工区の賃金は他のフォーマルセクター雇用よりも低いが、インフォーマルセクターの平均収入よりも高いことを示している(表1)。ただし、労働者の教育水準も同様の傾向があるので、賃金差には教育水準の差も反映されていることに注意しなければならない。つまり、同じ特徴を持つ人が縫製産業で働いた場合にインフォーマルセクターよりも高い賃金を得られるかどうかは不明である。縫製産業の雇用の特徴として、フォーマルセクターの中では女性の割合が高く、賃金の性差がないことが挙げられる。主たる職種であるミシンオペレーターは初等教育修了程度の労働者が多く、女性にとってアクセスしやすいフォーマル雇用といえる(Fukunishi and Ramiarison 2014)。他方で、労働時間が長い傾向にあり、特に繁忙期には時間外労働が長くなる傾向にある。週あたり労働時間は、他の民間フォーマル企業よりも6.5時間、インフォーマルセクターよりも10時間長い(表1)。

注:データソースは1-2-3 サーベイの2006年および2010年調査。
出所:Rakotomanana et al. (2011), Cling et al. (2009)


 衣料品の輸出市場は世界各地の工場の間で競争が行われており、何らかのショックによって雇用数が大幅に変化することがある。マダガスカルでは、過去二回の大統領職をめぐる争いによって輸出が大幅に減少した。特に2009年の政変は、AGOAの適用中止を引き起こしたため、長期にわたる輸出の減少をもたらすことになった。その結果、企業の29%が撤退し、雇用者数は66%減少した(注3)。政変前後の労働者の調査から、自発的な離職も含め縫製企業を離職した労働者の多くは、失業期間を経た後、インフォーマルセクターで就労していることが明らかになった(図2)(注4)。離職者の収入は、その後の就労状態によって大きな違いがあるが、主にインフォーマルセクターで働くものは、縫製労働を継続するものと比較して収入が8-10%低いと推定されている(注5)

図2
離職者の就業状況の変化

注:サンプル加重に基づく推定。また離職後の期間は離職者によって異なるので、各月の離職者の総数は異なる。例えば、離職後1ヶ月目の総数は1152人、48ヶ月目は256人である。
出所:INSTATとアンタナナリヴ大学の縫製労働者調査より筆者作成。


 失業保険制度が整っていない労働市場において、インフォーマルセクターが離職者に代替的な所得機会を提供していることが分かる。縫製産業とインフォーマルセクター全体の平均収入の差は34%であるので(表1)、上記の推定結果から、縫製労働者はインフォーマルセクターの中でも高収入の就労機会を得ていることが分かる。その理由については不明であるが、代替的な収入源としてショックを緩和する効果が大きいことが分かる。なお、大量の離職者が流入すると他のインフォーマルセクターの労働者の収入に影響を及ぼす可能性がある。その場合、他の労働者を犠牲にしたうえで、離職者の収入ショックが緩和されていることに注意すべきである。


おわりに

 マダガスカルの輸出向け縫製産業は、困難に直面しながらも成長を続けている。すでに輸出に成功していたモーリシャスが隣国にあり、また、アフリカ諸国の中では比較的賃金が低いことが成功の要因であった。ただし、現状ではアジアの低所得国よりも規模が小さく、優遇アクセスの享受が輸出の持続には欠かせない。我々の調査では企業の生産性はアジア諸国とそん色なく、問題は政治的な安定とインフラストラクチャーへの投資だと思われる。縫製産業はマダガスカルの経済全体の成長をけん引する産業として有望であるが、マダガスカル政府が産業育成の取り組みに積極的だとは思われない。産業政策における位置づけがなされるべきである。 他方で、欧米市場への優遇アクセスを安定的な制度とする必要がある。欧米諸国は、マダガスカル政府のガバナンスを改善するための手段として市場アクセス条件を利用しているが、優遇条件が取り消されるリスクは、投資家にマダガスカルへの直接投資をためらわせる理由となる。また、取り消した場合、その影響のほとんどは貧しい労働者が被ることを理解するべきである。AGOAや一般特恵制度は、貧困国の成長を促すために先進国が提供しているものであり、政治的な運用はその目的を損なっている。援助国と被援助国が産業育成の目的を共有することが、産業構造変化に不可欠である。



(注1) 欧米市場では、多繊維取り決め(Multifiber Agreement)によって輸入相手国別に輸入する数量が設定されていた。輸入枠は世界貿易機関(WTO)によって不当とされ、猶予期間を経て2005年に原則廃止されている。原産地規則とは、複数の国で生産される製品の原産地を定義するための規則であり、衣料品の場合、織布(生地の生産)と縫製の二段階の工程を同じ国で行った場合に、その国が原産地として定義されることが多い。AGOAではこの条件を緩和し、縫製工程のみを行った国も原産地と認めている。

(注2) コトヌー協定は、EUとアジア、カリブ海、太平洋諸国(ACP諸国)の間に結ばれた協定であり、ACP諸国からEUに対する輸出品について関税を免除する片務的な通商協定が含まれている。2008年以降、WTOのルールに従う形で片務的な協定は停止し、互恵的な経済連携協定へと移行するが、その際、衣料品に関しては、関税免除に加えて原産地規則が緩和された。

(注3) いずれも筆者らによる企業調査の結果より(福西 2013)。

(注4) 離職後18か月目の時点で、63%の離職者が自営または被雇用としてインフォーマルセクターで就労し、15%は再び縫製労働に就き、17%が失業状態であった(福西2015)。

(注5) 性別や教育水準、縫製企業での職種などの労働者の基本的な特徴は考慮している(福西2015)。なお、賃金差は有意ではないが、より厳密な推定では有意差がみられる場合もあり、現在精査中である。


参考文献
福西隆弘「グローバル化と都市労働者:マダガスカルにおけるインフォーマルセクターの役割」高橋基樹・大山修一編『開発と共生のはざまで:国家と市場の変動を生きる』京都大学出版会 2015年
福西隆弘「開発政策としての優遇アクセスの成果と課題:マダガスカルに対する経済制裁を例に」『アフリカレポート』No.51 アジア経済研究所 2013年
Cling, Jean-Pierre, Mireille Razafindrakoto, and François Roubaud (2009) “Export Processing Zones in Madagascar: The impact of the dismantling of clothing quotas on employment and labor standards,” in R. Robertson, D. Brown, G. Pierre, M. L. Sanchez-Puetra eds., Globalization, Wages, and the Quality of Jobs, World Bank, pp.237-264.
Fukunishi, Takahiro (2014) “Cross-Country Comparison of Firm Performance: Bangladesh, Cambodia, and Madagascar,” in T. Fukunishi and T. Yamagata eds., The Garment Industry in Low-income Countries: An Entry Point of Industrialization, Basingstoke: Palgrave Macmillan.
Fukunishi, Takahiro, and Herinjatovo Aimé Ramiarison (2014) “The Export-Oriented Garment Industry in Madagascar: Implications of Foreign Direct Investment for the Local Economy,” in T. Fukunishi ed., Delivering Sustainable Growth in Africa: African Farmers and Firms in a Changing World, Basingstoke: Palgrave Macmillan.
Rakotomanana, F, and M. Razafindrakoto, F. Roubaud and J. M. Wachsberger (2011) “The Economic Impact of the Political Crisis on Urban Households in Madagascar,” Policy Brief, DIAL and INSTAT.


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