Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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【連載】マダガスカル渡航の手引き3―マラリア日記 (3)

深澤秀夫(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

1985年3月22日に日本に帰国

4月3日に群馬大学医学部寄生虫学教室の鈴木 守先生に直接お会いして採血して頂き、マラリア間接蛍光抗体法の検査を受ける。
4月5日付けの診断書:「三日熱か卵形マラリアと断定。×16という血清力価を得た場合、過去一年以内のマラリアとほぼ断定できると考えます」

私の症例から導き出されるマラリアについての注意点;

1)

マダガスカルにおいて頭痛・関節痛・倦怠感・食欲不振・吐き気・めまいや立ちくらみ・下痢・悪心・悪寒・悪寒戦慄などを伴う発熱をみた場合にはその熱の高い低いに係わらず先ず第一にマラリアの罹患を疑い、直ぐさま最寄りの医療機関に行くこと。マダガスカルの医療機関ではこのような場合、臨床検査を経ずとも直ちにマラリア治療を開始するため、発熱から時間を経ずに医療機関に行くほど、治療時期を失して死に至るような危険性は低くなる。

2)

マラリアの初期症状はとりわけインフルエンザおよび肝炎と酷似する点が多いことに注意すること。私のように発熱を風邪かインフルエンザと勝手に自己診断を下した上、手持ちの薬で自己治療を試みるなどということは言語道断である。もしこの時私が罹患したマラリアが、発熱から5日以内に治療を開始しないと重篤な状態に陥る危険の高い熱帯熱マラリアであった場合、命取りとなった可能性が極めて高い。また、肝炎は初期症状がマラリアに似ているだけではなく、疾病そのものとして危険でありかつマダガスカルでは罹患の可能性が高いため対策としてA型・B型・C型の各予防接種を日本で受けておくことが望ましい。

3)

ニヴァキン等のクロロキン製剤・ファンシダールやMP錠等のサルファ剤とピリメサミンの合剤・フラヴォキン等のアモデアキン・あるいはクロロキン製剤とパラドリン等のクロールグアナイドとの併用などを私自身マダガスカル現地で予防内服薬として実際に使用したが、以上の何れの薬の服用をもってしてもマラリアの罹患を経験している。マダガスカルにおいては薬剤耐性マラリアが広く存在しており、抗マラリア予防薬の定期的服用を過信してはならない。私は1996年より、メフロキン製剤のラリアムを抗マラリア予防薬として用いており、ラリアムを使用してから以降マラリアに罹患したことはない。とは言え、どのような予防薬を処方箋通り正確に服用していようとも、1)で記したような症状が出た場合には、マラリアを疑い最寄りの医療機関に直行するべきである。

4)

悪寒戦慄の発熱期と平熱期とを48時間毎に繰り返すとされる三日熱マラリアの場合でも、実際の症状は、その熱波形にしても自覚症状にしても教科書的な記述とはそぐわない事が多い点に注意すること。私の場合、3月17日から23日まで21日朝の36.9度以外平熱期がなかった上、悪寒を感じることはあっても歯ががちがちと鳴るような悪寒戦慄状態は経験していない。とりわけ、悪寒戦慄を伴わないとされる一番危険な熱帯熱マラリアとその他の三日熱マラリア等を、素人が症状の点から区別することは不可能でありまたそのような自己診断を下すべきではない。1)の症状が出た場合には、マラリアの種類に関係なく、医療機関に行き治療を求めるべきである。

5)

マラリアそのもので死亡することは希であり「良性」とされる三日熱マラリアないしさらに症状の「軽い」とされる卵形マラリアでさえ、上記に記したような発熱と食物摂取不良による全身の衰弱と脱水を引き起こすとともに患者本人の頭痛・関節痛・動悸・呼吸困難・嘔吐感・疲労感・虚脱感・悪心・悪寒戦慄等の自覚症状は激烈であり、とりわけ僻遠地での調査活動等に携わる人間にとっては危険であることを十分に認識する必要がある。私の場合、発熱からわずか一週間の時点で、自力で行動できる限界に達していた。

6)

マダガスカルの県庁所在地クラスの町の医療機関と薬局ではマラリアに対するキニマックス等の薬を常備している確率が高いが、僻遠地での調査等に従事する人間は、抗マラリア予防薬だけではなく、経口キニーネ製剤等の治療薬をも同時に携行することが望ましい。1)のような症状が出てから最寄りの医療機関に出向くまで時間がかかると予想される場合には、直ちにその手持ち薬によってマラリア治療を開始すべきである。

7)

最近抗マラリア予防薬を長期服用することによる副作用の心配が指摘され、その結果、予防薬を服用せずに発症してから抗マラリア薬を使用することが医師自身から推奨されるむきもある。しかしながら、このような対処方法は医療機関の近傍に居住する大使館員や駐在員には奨められても、医師のいない僻遠地に赴くことの多い研究者は、定期的予防内服を心がけるべきだと考える。なぜなら先に書いたとおり、僻遠地でマラリアを発症した場合その種類を問わず、その場から医療機関のある場所まで移動することに多大の障害を生じる危険性が高いからである。さらに、マダガスカルでは我々日本人のようなマラリア耐性のない人間が予防薬の服用を行わなければ確実に発症するようなマラリアの高濃度汚染地帯が広く分布している点からも、この予防内服を行わない方法については抗マラリア薬を服用することのできない体質等の人間を除き推奨できない。

8)

滞在および訪問先の地がマラリアの高濃度汚染地帯か否かの判定は、次の方法が簡便かつ確実である。その地に居住する小学生くらいの年齢の児童の腹部を見て、手足が痩せ細って関節が飛び出た栄養失調障害でもないのにみぞおちのあたりからぷっくりと腹部全体が張ったように大きい場合、これはマラリアの慢性的罹患による脾臓の腫張を示しており、そのような児童の全体に対し占める割合が高いほど汚染の濃度が高いと見なすことができる。ちなみに、私が調査を行っている上記のマハザンガ州北部の農村の場合、児童の半分以上がこのように腹部が腫張した状態であった。

9)

在マダガスカル邦人社会の一部で、マダガスカルのマラリアは重篤な症状には陥らず罹患しても風邪くらいの症状で済むとの情報が流布されているが、これは根も葉もない誤った極めて危険な噂である。マラリア耐性のない日本人がマラリアに罹患すればたとえ「良性」と分類される三日熱マラリアでも生命の危険にさらされることがある場合を私の上記の例が示しており、仮に熱帯熱マラリアの罹患を放置したならば、それは自殺行為以外の何ものでもない。現地に暮らすマダガスカル人がマラリアに罹患しても、こちらの目から見れば発熱や頭痛の風邪類似の症状しか示さない場合が多いが、乳幼児時期からマラリアの罹患を繰り返しマラリア耐性を身につけた人間だけが成人している点を見逃してはならない。マラリア耐性をもたない日本人にとっては、とりわけ僻遠地で発症した場合、全ての種類のマラリアが危険である。

10)

発熱をみなくとも、芯のあるような頭部の鈍痛・倦怠感・疲労感・根拠のない不安感・食欲不振・嘔吐感は、しばしばマラリアが発症する前駆症状であり、このような自覚症状があった際には、調査・研究の途中であったとしても最寄りの医療機関への移動を早急に検討・決断し実行すべきである。

11)

マラリアと共にマダガスカルに在住する邦人がよく罹患する疾病にA型肝炎がある。マラリアは蚊に刺されることによって感染し、A型肝炎は水や食事から経口感染し、両者は感染経路こそ異なるものの、食事と睡眠をきちっととり過剰労働・睡眠不足や過密日程を極力避け、自己の免疫力や抵抗力を高めるように注意することが予防に繋がる点は同じである。私の場合も、一回めの発症がマダガスカルに到着してから84日め、二回めの発症が村で生活を始めてから87日めと、新しい生活に入って3ヶ月という点が符号しており、今から振り返ればその間のストレスや疲労の蓄積が頂点に達していたころである。

最後に、末筆ながらこの場をお借りして、1984年3月のマラリア罹患に際し多大のご迷惑をおかけするとともにたいへんなお世話を賜った旧大洋漁業・現在のマルハの森本文雄氏・加瀬邦彦氏・向井肇氏・田辺元彦氏の四氏、漁船員の方々、船員宿舎のマダガスカル人従業員の方々に厚く御礼を申し述べさせて頂きます。以上の方々が当時マハザンガにいらっしゃらなかったならば、あるいは一命を失っていたかもしれないということを、この日記を執筆しあらためて痛感させられた次第です。

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