Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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【連載】マダガスカル渡航の手引き4―マラリアの予防対策

井関基弘(金沢大学医学部寄生虫学教室)

当研究懇談会事務局の水田拓さん(京大・理・動物行動学)は、これまでに何度もマラリアに罹り、何度か入院した。私のメモによれば、94年12月の30日だったか31日だったか、マダガスカルから帰国直後に高熱が出て、大津赤十字病院に緊急入院した。重症の熱帯熱マラリアだった。すでに病院は年末年始の休診に入っていたのだから、この緊急入院ができなかったとしたら、また、マラリアのことをよく知らない病院でモタモタしていたなら、水田さんの命はなかった可能性が高い。

5カ月間マダガスカルに滞在して97年2月中旬に帰国した水田さんは、2カ月後の4月9日夕刻に再び 39℃の発熱。11日に大津赤十字病院を受診、夕刻に三日熱マラリアと診断されて入院。水田さんから、病院にマラリア治療薬がないとの電話相談をうけた。 11日、金曜日の夜である。翌土曜日、私は手持ちのメフロキンとアルテスネートを持って大阪(当時、筆者は大阪市立大学医学部にいた)から大津に急行した。三日熱マラリア単独の感染なら月曜まで投薬を待てないこともないが、もし熱帯熱マラリアとの混合感染なら、一刻を争うからである。私は水田さんの血液塗抹標本を何枚も鏡検したが、幸いなことに熱帯熱マラリア原虫はみつからなかった。

同氏の話ではマダガスカル滞在中はメフロキンを予防内服していたという。メフロキン内服中は発熱発作を抑えることはできるが、肝細胞の中に長期間潜む三日熱マラリアの休眠型虫体(ヒプノゾイト)を駆除することはできないので、ストレスや疲労で体調を崩したときに再発するのである。マダガスカルでは熱帯熱マラリアが多いが、三日熱マラリアも存在する。今回、マダガスカルで感染した三日熱マラリアが再発したのか、94年にタイで三日熱に罹ったこともあるので、その再発なのかは不明である。

また、本年4月、外務省情報に『マダガスカルで日本人のマラリア患者が発生!』との記事がのった。現地大使館からの報告で、『過去2カ月間に同国在住の日本人1名と旅行者2名が熱帯熱マラリアに罹患、うち旅行者1名は日本へ帰国後に発症し、3日後に死亡したもよう。この3名が滞在したのは、マナカラ Manakara とセントマリー岬 Ste. Marie。同国では首都アンタナナリヴ Antananarivo などの標高の高い一部を除き、海岸地帯を中心に雨期・乾期を通じてマラリアの発生がみられる』という内容である。このように、マダガスカルはマラリアの常在地であり、油断すると命を奪われることになる。

マダガスカル研究懇談会発行の『ニュースレター』の1号〜3号には、深澤秀夫氏の『マラリア日記』が連載されている。マダガスカルでご自身が感染・発症した時の症状や対応などを克明に記録したもので、とくに、3号には実体験に基づくマラリアについての注意点が14項目にまとめられており、どの教科書を読むよりも参考になるし、正確で示唆に富む内容である。是非ご一読されたい。

前置きが長くなったが、今回、水田さんからマラリアの実践的予防法や発症したときの対応についての執筆を依頼された。紙面の都合で、マラリアの基礎知識は略記するにとどめ、予防対策と発症時の対応を中心に述べる。

1.マラリアは増えている

マラリアは世界中の熱帯地域に広く流行している。罹患者数は年間3〜5億人、死亡者数は毎年200万〜300万人にも達する。日本人が感染して海外で治療を受けたり死亡した数は把握できないが、帰国後に発症する輸入症例は年間百数十例で、毎年のように死亡例も報告される。

2.ハマダラカが媒介する

流行地でハマダラカに刺されると、唾液とともに病原体が注入されて感染する。ハマダラカ(ハネに斑がある蚊)は夜行性で、夕暮れ以後に吸血に来る。

3.マラリアには4種類ある

マラリアには三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリア、熱帯熱マラリアの4種類がある。病原体の種類が違い、基本的な症状は同じであるが臨床経過や重症度が異なる。最も恐ろしいのは熱帯熱マラリア (falciparum malaria) で、治療開始が遅れると致命的になる。

4.主な症状は発熱と貧血と脾腫

ブルブル震えるような寒気がし、やがて40℃を越えるような発熱、激しい発汗の後、熱は治まり、爽快な気分になる。発熱は定期的で、三日熱マラリアと卵形マラリアでは48時間毎、四日熱マラリアでは72時間毎、熱帯熱マラリアの場合は48〜36時間で、高熱持続時間が長くなる。しかし、このような熱型は教科書的、典型的な場合のことであって、典型的でないことも少なくない。熱帯熱マラリアは悪性マラリアともいわれ、流行地では小児の死亡率の1、2位を占める所も少なくない。脳症状や腎不全、激しい下痢などを併発して重症になる。現地人の大人は或る程度の免疫を獲得しているので、感染してもカゼぐらいの症状で治まることも多いが、日本人の場合は免疫が全く無いので、治療開始が遅れると重症になり、放置すれば必ず死亡するといってよい。現地人の話を鵜呑みに信じてはいけない。

5.薬剤耐性マラリアが増えている

安くて良く効くクロロキンという治療薬があったが、30年程前にクロロキン耐性のマラリアが出現、いまでは世界的に拡がり、治療は難しくなっている。クロロキンは予防薬としても長年使われてきたが、今ではあまり効果は期待できない。メフロキンなどの新しい抗マラリア剤にも耐性を示すマラリアが次々と出現している。

6.感染を予防するには?

マラリアの感染予防で最も大切なことは、蚊に刺されない対策を講ずることである。ハマダラカは夜間活動性なので、下記の点に留意する。

(1) 網戸をつける
蚊はヒトが出す炭酸ガスを感知して夕刻から夜間に屋内に侵入し、吸血した蚊は明け方に屋外に脱出する習性がある。窓に網戸をつけて蚊の侵入を防ぐのは必須である。
(2) 就寝時にはカヤを使用する
a)カヤの裾はベッドマットの下に折り込む。垂らしてはいけない。(ベッドの下に蚊が潜んでいることがある)
b)カヤにホコロビがあるときは、糸で縛るなどして穴をふさぐ。(小さな穴からでも蚊は侵入する)
c)就寝前にカヤの内部をチェックする。(カヤの中に蚊が潜んでいることがある)
d)殺虫剤を練り込んだ合成繊維で作ったカヤを国内で購入できる。オリセットネットTM は住友化学が製造、住化ライフテク社(電話:06-6266-0501)が販売している。サイズは2種類あり、ファミリータイプ(130L×180W×150H センチ、¥8,000)は1人用、エクストラファミリータイプ(190×180×150、¥9,800)はダブルベッドに使用できる。筆者は前者を愛用しているが、スーツケースに入れても軽くて嵩ばらないので便利。ベッドの四つ角に棒を立ててカヤに付いている紐で固定し、裾をベッドマットの下に折り込むのが基本であるが、ホテルなどで棒がない場合は、そのまま被って寝ても生地がしっかりしていて顔に密着しないので、それほど苦にならない。蚊がネットに止まると脚から殺虫剤が浸透して死ぬ。ほんの少し臭いがするが、ピレスロイド系殺虫剤なので人畜無害。
(3) 殺虫剤や蚊取り線香を使用する
室内の壁や机、ベッドの下などには殺虫剤をスプレーしたり、蚊取線香を使用して蚊を殺す。
(4) 長ズボン、長袖を着用する
夜間の屋外活動はできるだけ避ける。夕暮れ以降に外出するときは、長ズボン・長袖を着用し、サンダルではなく靴を履く。皮膚の露出部をできるだけ少なくすることである。
(5) 忌避剤を使用する
夕刻からの外出には皮膚の露出部に忌避剤を塗布したり、衣服に殺虫剤をスプレーするのもよい。忌避剤にはスプレータイプの他にウエットティシュータイプのものも市販されている。スプレータイプは航空機内への持ち込みが問題になることがあり、筆者は後者を愛用しているが、使い勝手は非常によい。顔や首筋、耳、手首などに丹念に塗布し、使ったティシューを足首の靴下の中に入れておけば、蚊が靴下の上から吸血するのを防げる。ただし、忌避剤の効果は1〜2時間、汗を拭けば薬効が落ちて蚊は寄ってくる。

7.発症を予防するには?

ワクチンは無い。予防内服薬を国内で入手することもできない。ヨーロッパの大きな空港や流行地の薬局で購入する。アフリカで推奨される予防内服方法は下記の通りである。

(1) クロロキン+プログアニル
クロロキン塩基 300 mg を週1回、さらにプログアニル 200 mg を毎日服用する。乳児や妊婦も服用できる。併用により、クロロキン耐性マラリアにもある程度有効である。
(2) メフロキン(ラリアム、メファキン)
250 mg を週1回服用。2歳以下の乳児と妊婦、降圧剤(カルシウム拮抗剤やβ阻害剤)、ジギタリス使用中の患者は服用を避ける。平衡感覚障害をみることがあるので、パイロットや高所作業者は服用中および服用後3週間は就業を避ける。また、腸チフスの経口生ワクチンの接種は、予防内服開始の3日前までに済ませるのがよいとされる。
(3) ドキシサイクリン
100 mg を毎日服用。ただし、8週間以上は服用できないし、8歳以下の小児と妊婦は使用できない。日光過敏症を起こすことがあるので、夕食後に十分量の水で服用する。本剤は国内で入手可能。
以上、いずれの薬剤にも副作用がある。使用説明書をよく読んで指示通りに服用する。服用の量や回数、期間を自己判断で勝手に変えてはいけない。また、正しく服用していても発症を完全に抑えることはできない。安心は禁物である。また、ファンシダールにはサルファ剤が含まれている。サルファ剤アレルギーの人が服用すると数回の服用で高熱や発疹が出て、取り返しの付かない重症になる。そのような症状をみた場合は直ちに服用を止めて病院を受診すること。水田さんもタイで服用したときに発疹が出て1週間で中止したという。

8.現地滞在中に発症したら?

高熱が出たら、信頼できる大きな病院を早めに受診すること。熱帯熱マラリアの場合は病状が急速に悪化して、意識障害などもおこり、自分では動けなくなることがある。僻地で高熱がでた場合は、とりあえず予防内服している薬剤を治療用の処方量に切り替えて服用し、熱が下がっても安心せずに大きな病院を受診する。流行地の医師はマラリアに慣れているので、十分対応できるはず。信頼できる病院を日頃からマークしておくことも必須。

9.帰国後に発症したら?

流行地から帰国した後に高熱が出た場合は、マラリアを疑って早めに病院を受診しよう。検査室を持たない『クリニック』や『診療所』ではなく、大きな総合病院を選ぶこと。そして、受診のときには必ず、『マラリア流行地を旅行した。マラリアではないか?』と、旅行先や滞在期間などを具体的に医師に告げることが大切。自分でカゼと思って油断したたり、小さな診療所などを数カ所受診しているうちに手遅れになって命を落とした若者、大きな病院を受診して『マラリアではないか』と申告したにもかかわらず手遅れになった例など、悲しい症例を筆者は何例も経験してきた。とにかく、マラリアは怖い!!

10.マラリアの根治療法

三日熱マラリアと卵形マラリアの場合は、発症時に治療を受けて治癒しても、数カ月後〜数年後、あるいは10年以上も経ってから再発することがある。肝臓に潜む休眠型虫体のステージがあるからである。根治療法としては、発熱期治療のあと医師の監視下でプリマキンを2週間服用する。しかし、毎年のようにマラリア流行地を訪れるような人は、根治療法を受けても再感染することがあるので、受ける必要はないであろう。ちなみに、熱帯熱マラリアには休眠型のステージがないので根治治療の必要はない。

付記)流行地を旅行した人は献血できない

マラリア流行地を旅行した後は、例え発症の経験がなくても、1年間は献血できない。流行地に居住していた場合は3年間できない。血液内に極少数の原虫が潜んでいて、輸血を受けた人が感染する可能性があるからである。ただし、流行地でも都市部のホテルにだけに1週間ほど滞在したようなケースは献血可能。献血の際の問診で正確に伝えよう。

マダガスカルでは、昨年からコレラの大流行も問題になっているし、ペストも以前から持続的に発生している。現地に到着したら、まずマラリアなど感染症に関する最新情報と、信頼できる病院所在地などに関する情報を入手することが大切。

熱帯地では種々の感染症が待ち受けている。暴飲暴食、睡眠不足、過労、ストレスは抵抗力・免疫機能を低下させ、感染症に罹りやすくなるので、このような状況にならないよう留意しよう。

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