Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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【連載】マダガスカル渡航の手引き5―マダガスカルの有毒動物と寄生虫

篠永 哲(東京医科歯科大学大学院 国際環境寄生虫学分野)

マラリアアメーバ赤痢ランブル鞭毛虫住血吸虫条虫
消化器寄生線虫有毒動物毒クモ有毒昆虫スナノミ

はじめに
私は、1992、1993、1997年の3回、それぞれ12月から1月の1ヶ月間、文部省科学研究費海外学術調査の補助金によりマダガスカルでの有毒動物の研究に参加しました。最初の年の出発前に、この国にどのような寄生虫病があるのか、それらの蔓延の度合いはどの程度なのかなどを調べてみたのですが、十分な資料は得られませんでした。そこで、帰国前の一日をさいて J. Andrianavalona病院の寄生虫学者Dr. Robin Randriambololonaに寄生虫症の全般について、厚生省(Ministere de la Sante)の局長 Damoela Randriantsimaniry医師にはマラリアの現状について事情を聞きました。お互いに片言の英語での話でしたので、十分な理解が出来たかは疑問ですが、これがなんらかの参考になればと思い記録しておくことにしました。有毒動物については、滞在中の経験のみですので全てを網羅してはいません。実際に、私は一度も危険な目に遭った記憶がありません。

1. マラリア Malaria

マラリアは、現在世界中の熱帯亜熱帯の国で深刻な問題を抱えている感染症です。マダガスカルでも全土に流行しています。首都のアンタナナリヴ周辺でも患者が発生しているとのことでした。

ヒトには4種のマラリア原虫が寄生します。マダガスカルで最も多いのは、熱帯熱マラリアで約92%、次いで三日熱マラリアが約8%ということでした。残りの四日熱マラリアと卵形マラリアは、2種合計しても1%以下だそうです。従ってこの割合からみると、マラリアに感染したらまず熱帯熱マラリアと思ってよいでしょう。

流行の時期は、地方によって異なります。一年中雨の多い東海岸沿いでは、年間を通じて流行が見られます。しかし、同じ東海岸沿いの中でも、雨量は北部と中央部で多く、南部は少ないようです。月別では、5月と9?11月は乾期だそうですが、1ヶ月も雨の降らないことは無さそうです。西海岸では、雨期と乾期がはっきりしています。雨期は11月から翌年の4月までですが、雨量は北から南にゆくにしたがって減少します。ここでもマラリアの流行は、一年を通じてみられます。乾期でも流行があるということは、大きな河川の流域で媒介蚊が発生しているからでしょう。中央高地では流行の時期が場所により異ります。標高差と気候の違いによりますが、マラリアの感染が起こるのは、年間4?6ヶ月とのことです。これは、その土地の媒介蚊の発生時期と一致していると思います。気温が高く、乾燥している南部でも地域差があります。しかし、他の地域よりも感染率は低いと思われます。

マダガスカルからは、マラリア媒介蚊であるハマダラカの仲間が22種知られています。そのうち、11種が固有種で、マラリアを媒介するのは3〜4種です。ガンビアハマダラカは、熱帯アフリカに広く分布しています。マダガスカルおよびモーリシャスにも生息しています。ヒトを好んで吸血する蚊で、幼虫が地上のあらゆる水域で発生するので、防除対策上でも最もやっかいな種です。Anopheles merus は、西海岸の大きな河川の下流部に生息しています。東海岸での媒介蚊については聞きもらしました。恐らくガンビアハマダラカA. gambiae の亜種のひとつでしょう。

熱帯熱マラリア原虫のクロロキン耐性について、1992年の時点ではWHOの耐性レベルのRIまたはRIIで、ほとんどのケースでは、RIIとのことでした。すなわち、感受性のマラリアでは、クロロキン投与治療により7日以内に治癒し、再燃(熱帯熱マラリアの再発のこと)しないのに対し、耐性レベルRIでは、感受性と同じように一時的に治癒するが、その後に再燃します。RIIでは、一時的に快方に向かうが、一定のレベル(patency level)以下には下がりません。したがって、マダガスカル国内では、クロロキンの予防内服は効果がないと考えてよいでしょう。マラリア治療の経験の豊富な大友弘士博士(慈恵医大)によると、予防内服にはメフロキンが有効とのことです。熱帯熱マラリアに感染すると、感染赤血球の一部(栄養体と分裂体)が重要な臓器の毛細血管に栓塞して重症化します。脳の血管に栓塞すると脳症を起こして10日くらいで死亡することもありますので注意を要します。マダガスカルでの昆虫採集ツアーで感染し、危険な状態になった症例もあります。早期の受診と治療が必要です。

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2. アメーバ赤痢 (赤痢アメーバ症)

アメーバ赤痢は、ヒトや動物(イヌ、ネコ、ブタ、サル、ネズミその他)の糞便内に排出された赤痢アメーバの嚢子を経口摂取したときに感染します。感染の機会は、主に汚染された飲料水や食物(生野菜など)からです。ヒトが嚢子を飲込むと腸管内で脱嚢して、大腸全域に寄生して分裂増殖します。この時期の虫体を栄養形といい、赤血球を食べて分裂増殖を繰返します。症状は、虫体の数、感染者の抵抗力などによって異なります。また、潜伏期も数日から数ヶ月と不定です。組織侵入性があり、潰瘍を形成し、激しい下痢とイチゴゼリー状の粘血便がみられます。しかし、多くのヒトは症状が次第に回復して嚢子のみを排出する嚢子保有者となります。このようなヒトが、感染源となるのです。赤痢アメーバは、血流を介して肝臓やその他の組織に転移することもあります。肝臓に転移したものを、アメーバ性肝膿瘍といい、不規則な発熱、肝臓肥大、食欲不振などの症状がみられます。治療薬剤としては、腸アメーバ症、肝アメーバ症にはメトロニダゾール(商品名:フラジールなど)が用いられています。この薬剤は、一般の人は国内の薬局などで入手できません。服用するにしても診断が確定してからの方が良いでしょう。現地の病院で検査してもらうのが良いと思います。

マダガスカル国内での患者発生の統計がありませんので詳細は不明ですが、かなりの高率で蔓延していると思って間違いありません。滞在中に、南部の街で、毎週400名以上の患者が出たとの報告があったとのことでした。

感染の予防には、まず飲料水と生野菜に気をつけることです。できれば、水道水も煮沸して飲むことです。生野菜に嚢子が付着しているかどうかは分かりません。アメーバ類は、熱に弱いので火を通した食物はまず安全です。

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3. ランブル鞭毛虫症

ランブル鞭毛虫という鞭毛虫類に属する原生動物の感染が原因の寄生虫症です。世界中に分布していますが、高温多湿の熱帯地域に多く見られます。感染経路は、赤痢アメーバと同じく、嚢子の経口摂取です。アメーバ赤痢のように、粘血便が出たり、他の臓器に転移をすることはありません。激しい下痢が特徴です。潜伏期間は2?8週間とされていますが、数日で発症した例もあります。教科書には、腹痛、腹部膨満感、食欲不振、胆嚢炎様症状などと書かれていますが、ほとんどの場合下痢以外の症状は無いそうです。日本人の国外旅行者では、アメーバ赤痢よりも感染者数がはるかに多いでしょう。帰国しても下痢が止まらない場合には、アメーバ赤痢やランブル鞭毛虫症を疑って糞便検査をして下さい。治療法は赤痢アメーバと同じく、メトロニダゾールの服用です。

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4. 住血吸虫症

マダガスカルには、ヒトに寄生する住血吸虫の内、マンソン住血吸虫とビルハルツ住血吸虫の2種が分布しています。感染経路は、素足で水に入った際にセルカリアと呼ばれる幼虫が皮膚から浸入するものです。

マンソン住血吸虫は、マダガスカルのみでなくアフリカのほとんどと南米にも分布しています。住血吸虫の仲間は、発育の途中に必ず淡水産の巻貝に寄生しなければなりません。その貝のなかで、セルカリアと呼ばれる幼虫が発育し、水中に出てヒトや動物の皮膚から感染します。分布が限られているのは、中間宿主となる巻貝の分布と一致しているからです。成虫は、腸壁の血管に寄生し、産卵の際には腸壁の毛細血管にさかのぼります。生み出された卵は、様々な過程を経て肝臓に運ばれたり、腸管内に脱落したりします。そのために、肝臓の障害が起きたり血便が見られたりします。感染を防ぐには、水中に入らないことです。ヒトや動物からの感染はありません。

ビルハルツ住血吸虫は、アフリカ全土のほか中近東諸国にも分布しています。感染経路はマンソン住血吸虫と同じく経皮感染です。成虫は主に膀胱の静脈に寄生するので、感染すると血尿が見られます。産卵された卵が尿中に検出されるので診断は容易です。本種の場合も、感染予防には水に入らないことです。自覚症状のある方は、医師の診断と検査を受けてください。

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5. 条虫症

ヒトに寄生する条虫類には、サケ、マスなどの魚類の生食により感染する裂頭条虫類と豚肉や牛肉から感染する条虫類があります。マダガスカルには、裂頭条虫は分布していないと思います。条虫類の内、牛肉から感染する無鉤条虫は感染してもほとんど無症状ですのでそれほど怖くはありません。問題は豚肉からの有鉤条虫です。成虫が小腸に寄生しますが、それだけならば無鉤条虫症と同じです。問題はこの寄生虫の幼虫(嚢尾虫)の感染です。ヒトに寄生している成虫の片節が便とともに排出されると、片節が壊れて卵がその周辺に散乱します。その卵をブタが飲み込むと、体内で孵化して幼虫(六鉤幼虫)が血流を介して全身の筋肉に移行し、長径約10ミリの嚢尾虫という幼虫になります。豚肉内のこの幼虫をヒトが生または不完全な調理で摂取すると、小腸内で成虫となります。ところが、ヒトが生野菜や飲料水などとともに卵を飲み込むと、ブタの場合と同じく血流やリンパ流を介して幼虫が全身に移行し、嚢尾虫となります。人体内での嚢尾虫は移動性はありませんが、脳や心臓などの重要な臓器に寄生すると大変危険で、脳腫瘍と間違えられることもあります。これを有鉤嚢虫症といいます。 1992年には、40名以上も有ったということでした。嚢虫症では、皮下や筋肉に寄生した場合には、数センチの腫瘤を形成しますが自覚症状はほとんどありません。

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6. 消化器寄生線虫症とフィラリア

開発途上国での消化器寄生線虫類の代表は回虫、鉤虫と鞭虫です。これらは、糞便とともに排出された卵が、野外の湿った土中で発育し、感染可能な卵(幼虫包蔵卵)または幼虫(感染幼虫)にまで成長し経口または経皮感染します。糞尿を野菜栽培などの肥料としている地域に濃厚感染しています。

フィラリアは、糸状虫という線形動物の感染が原因です。ヒトに寄生する主なものは5種ですが、マダガスカルでは、バンクロフト糸状虫症のみが知られています。成虫は、ヒトのリンパ管、リンパ節に寄生します。以前には日本でも流行していました。世界の熱帯、亜熱帯地域に分布しています。マラリアと異なり、感染しても体内で分裂増殖したりはしません。1匹の感染は1匹のままです。イエカ属、ハマダラカ属、ヌマカ属などの夜間吸血性の蚊によって媒介されます。流行地に長期滞在して虫体が蓄積されないとなかなか発症しません。潜伏期は、蚊に刺されてから約9ヶ月、初期の症状は、発熱を伴うリンパ管炎、リンパ節炎です。この寄生虫は、卵胎生でミクロフィラリアという幼虫を産みます。この頃には、ミクロフィラリアが夜間に末梢血中に出現するので、病院で血液検査をして下さい。

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7. 有毒動物、その他

マダガスカルには、多くの有毒動物が生息しているのではないかと思っている研究者もいると思います。しかし、アフリカ大陸に比べると危険な動物はほとんど居ないと言っても過言ではありません。マダガスカルの動物(脊椎動物)については、山岸 (1999) が詳細に紹介しているので参考にするとよいでしょう。両生・爬虫類については、Glaw and Vences(1994)が参考になります。ここでは、注意すべきと思われるヤマビルについて記しておきます。

ヤマビルは、水中で生息せず森林内の湿った土の中で発育し、動物の通る道沿いの草や枝にぶら下がって吸血動物を待っています。歩いていて接触したら、直ちに体に移りいつの間にか吸血しています。靴下などの繊維の間でもうまく潜り抜けて体に到達します。野外調査中には、ほとんどの場合宿に帰ってシャワーを浴びるときなどに気づきます。その時には、吸血して満腹しています。取り外すとそこから出血しなかなか止まりません。私の経験では、フィールドで大腿部にいたのに気づいて取り外したところ、出血でズボンが真っ赤になってしまったこともあります。何度も吸血されたことがあるのでヒルに対する抗体値がかなり上がっていたのでしょう。吸血された部位のリンパ節もかなり腫れ炎症がどんどんと広がりました。この時は、抗ヒスタミン剤と抗炎症剤の服用で1週間くらいで良くなりました。ヤマビルの被害を防ぐには、いろいろな方法が工夫されています。最も簡単なのは防虫スプレーの使用です。吸血中のヒルも、スプレーで簡単に離れます。ズボンの裾などに吹き付けておけばしばらくは予防になります。問題は、有効成分のDeet (N,N-Diethyl-m-toluamide)の含有量です。日本製のものは恐らく数%以下でしょう。効果が長持ちしません。東南アジア諸国で販売されている物は30%などというのも有るそうです。インドネシアで買ってきてもらったのは15%でした。

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8. 毒クモ

マダガスカルには、咬まれて致命的になる毒グモは生息していません。数年前にオーストラリアから大阪周辺に入ってきたセアカドクグモは、現在では完全に定着していますが被害者は出ていません。首都のアンタナナリヴ周辺には、近似種のハイイロゴケグモが生息しています。土塀の隙間や道ばたの煉瓦の隙間などを探すといくらでも見つかります。このクモによる被害はありません。探し出して素手でつかまないかぎり噛みつくこともないからです。

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9. 有毒昆虫類

有毒昆虫といえば、まず皮膚炎を起こすドクガの仲間があげられます。滞在中にはいつも気をつけていたのですが、とうとう見つかりませんでした。甲虫類にも皮膚炎を起こす種類がいます。私が採集したのは、南部の乾燥地域で植物にびっしりとたかっている青緑色のハンミョウの仲間です。体液にカンタリジンという毒物質があり、水疱性の皮膚炎を起こします。

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10. スナノミ

スナノミは、ヒトや動物に外部寄生するノミです。南米起源の昆虫ですが奴隷貿易の盛んな頃に、南米から西アフリカに入り、瞬く間にアフリカ大陸を横断してマダガスカルまで分布を拡げました。雌は交尾をすませるとヒトや動物の体に潜り込みます。ヒトでは、足のひび割れ、爪の下などに食い込み吸血しながら腹部をどんどんと太らせてゆきます。最終的には小豆大くらいになります。乾燥地に多く生息しています。裸足やサンダルなどで生活していると寄生を受けることがあります。次第に大きくなって痛みも激しいようですが私は経験ありません。マダガスカルで寄生を受けた日本人の症例もいくつか有ります。ほとんどが南部の乾燥地でのものです。現在では、マダガスカル全土に分布しているそうです。自覚症状があったら、先の尖ったピンセットか針で除去して、抗生剤含有の軟膏を塗布するなど、細菌の二次感染を防ぐとよいでしょう。熱帯地で傷が化膿するとなかなか治癒しません。

3ヶ月ばかりの短期間の滞在中に気づいたことをまとめてみました。マラリアの情報などはもう古いかもしれません。この他にも、まだ危険な動物が生息している可能性もあるでしょう。長期滞在した研究者の方がより多くの経験をしているのではないでしょうか。

参考文献
Glaw, F. and M. Vences (1994) A field guide to the Amphibians and Reptiles of Madagascar. Zoologisches Forschungsinstitut und Museum Alexander Koenig, Bonn, 480 pp.
篠永哲、大滝倫子(1996)海外旅行のための衛生動物ガイド. 全国農村教育協会, 102 pp.
山岸哲, 編著(1999)マダガスカルの動物. 裳華房, 363 pp.
熱帯病治療薬の開発研究班(班長:大友弘士)(1995)輸入寄生虫病薬物治療の手引き, 改訂第4版, 61 pp.

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